大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

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わたしの勉学時代

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1949年に設置された徳島大学では、グローバル化する社会に対応できる人材の育成を目標に、様々な機関と連携しながら柔軟な取り組みを行っています。今回は、ご自身も同大学出身である香川征先生にお話を伺いました。大病を患い、そのほとんどが療養生活だった青春時代、だからこそ得たものもあったと語る先生は、どのように学生時代を過し、医学の道へと進まれたのでしょうか。

桃太郎伝説が残る地、鬼無

 桃太郎ゆかりの地といえば岡山県ですが、私が生まれ育った香川県高松市の鬼無にも、桃太郎にまつわる伝承があります。鬼が退治されていなくなったので鬼無と名づけられたそうです。桃太郎神社という名の神社もあるんですよ。また、鬼無は江戸時代より日本有数の「盆栽の町」としても知られています。五葉松、黒松、錦松などを育てている家がいくつもあります。
  私の父は国鉄(日本国有鉄道。現在のJR)の職員でした。母と結婚したのは戦時中で、二人とも20歳でした。祖母は、息子が兵隊に取られた時のために、早く結婚させて子どもを産ませたかったのだそうです。幸いなことに、私が生まれた翌年に終戦となり、父は戦地へ行かずに済みました。父は、教育熱心とまではいきませんでしたが、子どもの教育については関心があったほうだと思います。

大病を患わずらい療養生活

 

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中学生の時、病気で修学旅行に行けなかった私に友達が貸してくれたのが、下村湖人の『次郎物語』でした。あれは面白かったですね。いて安定した状態)したのは、本当に幸運だったと思います。

 小さい頃の私は体が弱く、よく病院に連れて行かれました。両親にはひどく心配をかけたと思います。「この子は長生きできないのではないか」と思っていたでしょうね。それでも、小学5年生の頃は野球をして遊ぶのに夢中になるなど、それなりに体を動かしていました。
  転機が訪れたのは、中学1年生の3学期です。腎臓を患いました。ネフローゼ症候群といって、タンパクを尿中に排出してしまうことで、血中のタンパク質が異常に低い状態になる病気です。最初に訪れた病院
では診断がつかずに、岡山大学まで行きました。当時、この病に効くとされる薬はありませんでした。食事に気をつけて、ひたすら家で安静にしている他ありません。中学2年生の1年間は、父親に「午前の授業
だけでも受けなさい」と言われて通い、定期テストも受けました。おかげで留年せずに3年生へ進級できました。しかし、2年、3年時は体育の授業はすべて見学、修学旅行などの行事にもまったく参加できませんでしたね。
  午前の授業だけを受けていた時、午後はじっと寝ているしかありませんでした。薬の副作用などで、体はいつもつらかったです。治るかわからない、ひょっとしたら死ぬかもしれないという病を抱えて過ごしていました。時間はかかりましたが、病が寛解(症状が落ち着いて安定した状態)したのは、本当に幸運だったと思います。

まちがって覚えたことを修正

 病気でほとんど学校の授業が受けられず、困ったことがありました。それは、教科書の内容をまちがって理解していたことです。先生に直接教えてもらう機会があまりなく、わからないこと、気になったことがあっても質問できませんでした。とびとびに授業を受けていたので、部分的に理解はできても、それがどう応用されているのか、他の単元とどうつながっているのかという体系的なことを勘でしかつかめていなかったのです。中学3年生になると、尿中にタンパクが排出されることもなくなりましたので、体育を除きすべての授業に出られるようになりました。まちがって覚えていたところをしっかり修正することで、次第に成績も上がってきましたよ。
  病気のために様々な制限がありましたが、つらいとは思いませんでした。両親はもちろんですが、先生や友人に支えてもらえたのも有り難かったですね。それに、私自身も「絶対に病気を治してやろう」と固く思っていましたので、療養生活を進んで受け入れていました。担当医に「この病気を治すには長い時間が必要ですよ」と言われた時、「治るまでの最短記録をつくってみせる」と親に宣言したのを覚えています。徹底的に病気と向き合おうと思っていました。

高校進学、医学部を志望する

 腎臓を患う前から、何となくではありますが医師になりたいと思っていました。その思いは、ずっと自分の根底に流れていたように思います。高校は香川県立高松高等学校へ進学しますが、その時には漠然と医学部へ進むことを考えていました。これまで私を診てくださった医師の先生方との出会いも、医学部をめざすことにプラスに働いたように思います。中学の時に診てくださった開業医の先生は、医学部に進学したことを本当に喜んでくださいました。
  高校3年生の時に、理系の医学・薬学部へ進学するコースを選択しました。理科は化学と、私の好きな生物を学ぶクラスです。物理が苦手でしたので、そこはほっとしましたね(笑)。物理といえば、高校2年生の時、一度だけ0点を取ったことがあります。教科書の出題範囲いをざっと見て覚え、問いには答えられなくても、その覚えたことを書いて提出すれば、少しは点をくれるだろうと甘く考えていたんです。0点の答案を返された時は、それはもう驚きましたね(笑)。進級に響きますから。次のテストの時には猛勉強をして、今度は偶然にも100点が取れました。それで、ぎりぎりのところで留年をまぬかれたのです。どんな教科でも勉強をおろそかにしてはいけませんね(笑)。高校の授業は楽しかったですよ。進学校で、周りには優秀なクラスメイトがいましたし、何より休まず学校へ行けるのが嬉しかったですね。それでも、病気の再発を避けるために、部活動をしたり、放課後どこかへ遊びに行ったりということはできませんでした。
  大学は、当時四国に唯一医学部があった徳島大学に進学しました。受験勉強は、日々の授業内容をしっかりと理解することを第一に、友人の勉強方法を真似てみるなどしましたね。高校受験の際に、友人が全国の高校の入試問題が載
っている参考書を買い、解答欄を自作して何度も問題が解けるように工夫していました。なるほどなあと思いましたね。
  当時は、参考書や問題集の数がそれほどありませんでしたので、自分たちで工夫して問題を突き詰めていくような勉強をしていたと思います。マークシート方式ではありませんでしたので、計算式などを書きながら論理立てて解答していました。知識同士のつながりを発見しながら、思考しながら勉強をしていたのではないでしょうか。
マークシート方式のように「答えが合っているか、まちがっているか」だけに注目するような出題方法では、子どもの思考力は育たないと思いますね。

泌尿器科の道へ

 好きで医学部に入りましたので、大学の授業は楽しかったですね。特に、専門課程に進んだ後の解剖の授業は大変面白かったです。授業以外の時間を同級生と一緒に過ごしたり、サークル活動で野球部に入ったりと、高校までとは違う生活を送れたのもよかったと思います。一人暮らしももちろん初めてでした。小学6年生の時の担任の先生が、料理のレシピを手紙に書いて送ってきてくださったこともありましたね。先ほどの開業医の先生といい、本当にたくさんの方に支えていただいたと思います。
  泌尿器科を専門に選んだ理由はいくつかあります。まず、外科系に進もうと思っていました。手術で病気を治したかったからです。それから、外科は将来分野が細分化するだろうと考えていたので、その中でも特殊な分野に携わりたいとも思っていました。産婦人科や麻酔科も候補に考えていましたが、親とも相談して最終的に泌尿器科を選びました。
  当時、泌尿器科の知名度は低かったです。現在は、泌尿器の病気の一つである前立腺がんの病名は一般的に知られるようになりましたね。泌尿器科へ検診に訪れる方も増えたのではないでしょうか。前立腺がんは、昔の日本人にはほとんど見られない病気でした。それが

 

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好きな教科は国語で、作文を書くのも苦ではありませんでしたね。医師でなければ、放送関係の仕事に就きたいとも思っていました。

時代を経るにつれ、欧米の高タンパク、高カロリーな食事スタイルが日本にも入って来て、その影響で前立腺がんの患者が増えているのです。そういう意味でも、日本人の体に合った食事を心がけることが大切ではないでしょうか。

知識にストーリーを持たせる

 皆さんには「ストーリーを持った知識」について、ぜひ考えてほしいですね。
  例えば、ある人が「桃太郎が鬼退治をしました」という情報を覚えていたとします。ですが、これだけでは「なぜ桃太郎は鬼退治をしたのか」説明できませんよね。このように、理由や原因の「なぜ」について、追求しない子どもが増えているように感じるのです。一つの知識を覚えたら、その周辺にも目を向けてみましょう。そうすれば、その知識につながる、新たな知識が見つかるはずです。それらを一緒に覚えることによって、考え方も広がりますし、勉強も面白くなると思います。「ストーリーを持った知識」を得ることで、単純に記憶量が増えるだけでなく、思考力、コミュニケーション力なども育むことができるのです。絵画や文学作品についても、タイトルと作者名だけを覚えるのではなく、その作品が生まれた背景、作者の心情などを考えてみてはいかがでしょうか。

グローバル化に必要な人間力

「現在は雇用形態も多様化し、国内の企業も海外からの優秀な人材を積極的に受け入れる時代です。徳島大学では、このようなグローバル化社会の中で柔軟に働ける人材を育てることに注力しています」と香川先生。徳島大学では、各国の大学と学術交流協定を結び、海外の留学生を積極的に受け入れ、日本人学生の留学を支援すると共に、国を超えた学生同士の交流を図りキャンパス内でのグローバル化を目指しています。「語学力を身につける以上に、人間力を養うことも重要。人間力とは、コミュニケーション力、前へ踏み出す力、考える力の3つです。学生には、積極的な交流を通じ、様々な分野から知識を得てほしいですね」と香川先生はおっしゃいます。  

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「国際センター」では、留学生と日本人学生が積極的に関わるための支援を行っています

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