大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

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大学の学長、塾先生の勉学時代

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わたしの勉学時代

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1927年の東京高等工商学校設立に起源を持つ芝浦工業大学では、「世界に学び世界に貢献する理工学人材育成」の実現に向け、グローバル人材育成に力を入れています。学生にはまず「学びたい」という心に火をつけてほしいと語るのは、同大学の学長・村上雅人先生です。はじめは勉強が苦手で、学校の授業もまったくわからなかったという先生。どのような勉強方法で乗り越えてこられたのでしょうか。

山と川に囲まれた地で育つ

 私が生まれたのは岩手県盛岡市です。山や川がそばにある自然豊かな場所で、昆虫採集や釣りなどをして遊びました。山菜採りやキノコ狩りにも、毎年家族そろって行きましたね。キノコがたくさん採れる、村上家だけの秘密の場所があるんですよ(笑)。
  父は駐在所勤務の警察官でした。それ以前は刑事だったのですが、家族がいて大変だということで駐在所勤務を願い出たそうです。駐在所と生活空間が一つのところにあったので、父の働く姿を間近に見て育ちました。母も、父が留守の時の応対などをしていましたので、家で両親が共働きをしていたという感じでしょうか。大変な仕事だったと思います。呼び出されれば夜中でも出て行きましたし、警察官が仕事を休む日を非番と言いますが、そんな日でもあまり遠くへは出かけることができませんでした。

 

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年齢関係なく近所の子どもが集まって遊んでいました。最近ではあまり見かけない光景かもしれません。

父のおかげで算数は常に100点に

 私は小学3年生まで勉強がまったくできませんでした。学校の授業でも先生が言っていることが理解できなくて、成績もテストの点数も大変低かったです。父は、そんな私を見て「このままではいけない」と思ったのでしょう。3年生の春休み、遊びに行こうとする私を捕まえて小学1年生から3年生までの教科書をすべて復習させました。母が言うには「喧嘩しながら勉強しているように見えた」らしいのですが(笑)、おかげで4年生の春以降に成績が急上昇、算数のテストは常に100点を取るようになったのです。担任の先生も驚かれていました。
  小学6年生の春休みにも似たようなことがありました。父が何を思ったのか急に「英語を教える」と言い出して、新学期が始まるまでに中学3年間の英語をすべて私に教えたのです。おかげで中学校では英語が大得意になりました。ところが、それで気が緩んでしまったのは失敗でしたね。英語は得意だと思って勉強しなかったので、中学2年生の後半あたりから成績が次第に落ちていき、3年生になるとさすがに勉強しなければついていけなくなってしまいました。勉強は、まず基礎を理解すること、そして成績を維持していくためには毎日コツコツと学ぶこと。これが大切なのではないでしょうか。
  父自身も勉強を楽しんでいたように思います。若い頃に戦争があり、満足に学べなかったという思いがあったのでしょう。英語を教えている時も、途中から自分のほうが楽しくなってしまったようです。「*1進駐軍の通訳をしていた時を思い出す」と言っていたのを覚えています。また、教科書を読みながら「ここは覚えているか? 理解できているか?」と私に尋ねることもありました。一度、学校で社会科の教科書の巻末に載っている用語を答えさせる実力テストがあったのですが、私だけが全問正解だったことがあります。先生から「村上くんは日頃からしっかり勉強している」と褒められたのですが、実は、その巻末の用語を前の晩に父と勉強したところだったのです(笑)。その時は単に運が良かっただけだったのですが、父のおかげで勉強が理解できるようになり、勉強に興味が持てるようになったことは、大変ありがたいと思っています。ただ、小学生の頃に買ってもらっていた『科学』という雑誌に、学習や実験のための教材付録がついていたのですが、油断していると父がそれを勝手に作ってしまうのには困りましたね(笑)。

*1進駐軍…連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の通称。第二次世界大戦終結後、ポツダム宣言の執行のために日本に駐留した。

一生の恩師は塾の先生

 中学は受験をして岩手大学教育学部附属中学校に進学しました。受験は小学校の先生方に勧められて決めました。附属中学校には私と同じクラスから3名進学したのですが、これは当時とても珍しかったと思います。特別な受験対策はしませんでしたが、父の指導もあって勉強、特に算数が得意でしたし、小学校に教育熱心な先生が何人もいて受験対策の補習授業をしてくださったので、それで合格できたのではないでしょうか。
  塾には中学3年生の時から通い始めました。先ほども述べましたが、英語の成績が下がってしまったことがきっかけです。家庭的な雰囲気の私塾で、そこを経営されていた内澤先生とも大変親しくなりました。高校時代も通い続けましたね。内澤先生は人間的にも大変すばらしい方で、私の一生の恩師だと思っています。大学院に進むかどうか迷っていた時、背中を押してくれたのも先生でした。
  塾のおかげで英語の成績も持ち直し、岩手県立盛岡第一高等学校に無事合格することができました。県内の中学生が憧れる伝統校でしたので、私もぜひここへ進学したいと思っていました。私が志望したのは理数科でしたが、ここは入試でかなりの高得点を取らなければ合

 

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大学時代は夏休みなどを利用して実家に戻った際、内澤先生の塾で講師のアルバイトをしていました。

格できない難関でした。当然、県内の優秀な学生が集まって来るわけですが、入学時点で高校3年分の数学を学習し終えている同級生もいましたね。
  大学受験の際にも苦労したことがあります。高校3年生の6月からアメリカに留学したのですが、翌年の夏休みに帰国した後あまり勉強しませんでした。夏休み明けの全校生徒が対象の実力試験で、かなり下の順位になってしまったのです。しまったと思いましたが、焦って勉強しても身につかないと思い、とにかく学校の授業を真剣に聞こうと思いました。始業の1時間前に教室に入り、しっかり準備をして授業に臨むようにしたんです。放課後は内澤先生の塾に行って、息抜きも兼ねて勉強をしました。規則正しい学習時間を確保できたおかげか、12月の北日本地区の高校生を対象とした模試で10位以内に入ることができました。学校の先生は、その教科におけるプロです。授業の内容をしっかり理解することを目標にすれば、学力は自ずと伸びると思いますよ。

超伝導技術を再生医療に

 *2超伝導については高校時代から興味がありましたが、実際に研究を始めたのは新日本製鐵に入社した後です。超伝導は、リニアモーターカーや電線などへの応用が期待されていることは知られていますね。私は現在も超伝導について研究を続けていますが、マイナス150℃以下でなければ機能しない超伝導材料を、実際に使えるものにすることを目標の一つにしています。特に力を入れている分野は再生医療です。私が開発した特殊な新材料は、大変小さくて石のような見た目なのですが、かなり強力な磁石になるのです。それを利用して膝の軟骨を再生する研究をしています。現在、軟骨は再生できないと言われていますが、*3幹細胞をうまく濃縮することができれば軟骨も再生が可能であることがわかっています。そこで、膝に幹細胞に鉄を混ぜたものを注射器で注入します。鉄は人間の体を構成する成分の一つですから安全な物質ですね。そして、膝の裏側に磁石を当てれば、鉄は磁石に引かれますから幹細胞は濃縮できるはずです。ただし、通常の磁石では磁力が弱いので、うまく濃縮できません。ですが、私が開発した強い磁石を使えば、それが可能であることがわかりました。今は動物での成功例だけですが、これが実際に使えるようになれば、手術をせずに膝の軟骨が再生できるようになるのです。もちろん軟骨だけでなく、他の部分の再生医療にも応用できるんですよ。

*2超伝導…極低温下で、特定の金属や化合物などの物質の電気抵抗がゼロになる現象。
*3幹細胞…組織を構成する細胞の一種で、様々な種類の細胞の発生源となる細胞のこと。

学びの心に火をつけよう!

 皆さんが「学びたい」と思うようになるには、インスパイアされる(自分を奮い立たせたり、ひらめきや刺激を与えたりする)「何か」が必要だと思います。学びの心に火をつけるきっかけですね。芝浦工業大学でも、少人数で討論をしてコミュニケーション力や問題解決力を養うPBL(Project Based Learning)という取り組みを通じて、学生の学びへの好奇心を育てることを目標としています。
  ただし、インスパイアされる「何か」は人によって違いますし、興味関心を持つ時期もばらばらです。ですが、その「何か」を探す意識だけは常に持っていてほしいですね。そのためにも、どのようなささいなことでも構いません、日頃からお父さん、お母さんとよく話をしてください。一番身近な存在であり刺激をもらえる相手が家族です。学習だけに限らず、様々な分野への興味関心のきっかけが、きっとそこにあると思いますよ。

グローバル人材育成推進事業

 村上先生はインタビューの中で「芝浦工業大学では、学生が留学を通じて、あるいはキャンパス内の環境の中で、グローバル化社会を経験できるようにしたい」とおっしゃいました。多様な人と出会い、意見を交わすことによって世界は広がります。同大学のグローバル人材育成推進事業では、グローバル人材に必要な「グローバル人間力」「問題解決能力」「コミュニケーション力」「異文化理解力」を育むことを目的としています。特に工学教育の国際化のために、語学力の向上はもちろん、国際交流、国際会議での発表などを通じて学生が工学分野における実践的なグローバル人材となれるよう、大学全体が取り組みに注力しています。  

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学内での留学生との交流の他、日本人学生の留学や就職サポートなども行っています。

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