大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

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わたしの勉学時代

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千年に一度の大震災と原発事故を体験した福島県。国立大学法人福島大学では、その体験を活かし、確かな力を持つ、世界に向けて行動できる人材の育成に取り組んでいます。今回は、2010年4月同大学の学長に就任された入戸野修先生に話を伺いました。人を驚かせることが大好きだった少年時代の楽しいエピソード、震災と原発事故を経験したからこそ語られる想い、どちらも必読です。

いたずらっ子で無鉄砲 溺れかけたことも

 6人兄弟の5番目、幼い頃は大変な「いたずらっ子」だった私は、強要されることが大嫌いでした。幼稚園に行きたくなくて、逃げ回ったこともありましたよ(笑)。向こう見ずなところもありましたね。生まれ育った横浜市磯子区は海に面していて、夏になると子どもたちはそこで泳いで遊びます。実家の前には、根岸湾にそそぐ掘割川という大きな川があり、そこで兄たちが褌一枚で泳いでいるのをよく見ていました。ある時、「兄のように褌一枚になれば海で泳げるんだ」と勘違いをした私は、まだ泳ぎ方も知らないのに褌姿で川へ。当然、泳げるはずもありません(笑)。溺れかけた私の頭上に見えた水面は、今でも記憶に残っています。偶然にも側に大きな船が泊まっていて、それに乗っていた人に助けられました。よく無事だったと思います(笑)。
  父は市営電車の電気系統の技師をしていました。ものづくりが好きで、手先も器用、趣味はバイオリンであったそうです。性格は一途といいますか、頑固であったでしょうか。一度何かに取りかかると、最後までやり通さなければ気が済まない人でした。また、自分の損得を考

 

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曲がったことが大嫌いで、年上であっても、弱い者いじめをしている相手には立ち向かっていました。

えずに行動する人でもありました。父の気質を、私も少なからず受け継いでいるのではないかと思います。絵を描いたり、工作をしたりするのが好きなところも、手先の器用な父に似たのでしょうね。

医師に憧れ、高校は生物部に

 小学生になってからも、私のいたずら好きはおさまりませんでした。生きているヘビをポケットに入れて小学校に行き、足洗い場に放したこともあります。先生にひどく怒られました(笑)。
  そんな私ですが、小さい頃は医師になりたいと思っていました。アニメ『鉄腕アトム』に登場するお茶の水博士にも憧れました。ロボットをつくりたかったわけではなくて、博士という存在がかっこよく見えたのです。学校の教員にもなりたかったですね。親身になって私に接してくださった小学校の先生、理科の授業が大変面白く、ものづくりの魅力を教えてくださった中学校の先生など、好きだった先生は何人もいました。当時は、どうすればその職業に就けるのか想像すらできませんでしたので、「博士をしながら、副業で医師の仕事もしたいな」などと、欲張りなことを思っていたものです(笑)。
  医師を目指す第一歩として、高校では生物部に入りました。山に行って草花の採集や、動物の飼育をしました。中でも、カエルの心臓の潅流に挑戦したことは印象に残っています。実験では、カエルの血液の代わりにリンゲル液(生理食塩水)を流して、心臓を動かしました。文献を読んで下調べをしたり、装置づくりをしたり、すべて自分の手で行いました。カエルの心臓は、実験の後何時間も動いていて、結果は大成功でした。単にカエルの解剖のみをするよりも、もっと進んだ実験に挑戦することができ、しかも成功したことは大変嬉しかったですね。そのような体験ができたのも、生物部の顧問の先生のおかげです。先生は、何かを強制するのではなく、生徒の「やってみたい」という思いを尊重してくださいました。ですから私も、様々な実験に積極的に挑戦できたのです。とても感謝しています。

一生の恩師は塾の先生

 小学校の高学年頃から、次第に勉強が好きになりました。「わからないことが、わかるようになる」ことが楽しくてたまらなかったですね。当時は塾というものがありませんでしたが、友人と一緒に近所に住む大学生の家に行って勉強をするということはありました。中学生の時には、ア・テスト(アチーブメントテスト。かつて神奈川県で高校入学判定のために実施されていた実力テスト)で、理科は県内トップの成績を取りました。
  高校は神奈川県立横浜緑ヶ丘高等学校に進学します。当時の学区内の県立高校ではトップ校でした。先ほど生物部の話をしましたが、一時期はバスケットボール部やバレーボール部にも所属していました。体を動かすことは好きなほうでしたね。高校2年生の時には生物部の部長を務めました。合宿を計画して皆で山に入り、植物採集もしましたよ。
  大学進学は高校1年生の時から考えていて、早い段階から受験を意識して勉強をしていました。ですが、一度目の受験には失敗してしまいます。模擬試験などで自分の実力を試すことなく、いきなり受験本番に臨んだのがいけなかったのでしょう。試験慣れもしていませんでしたから、緊張してしまって簡単な解答のミスも目立ちました。そうして1年間の浪人生活に入ったのですが、家は裕福ではなかったので参考書を何冊も買うことができません。そこで、

 

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「夢に向かって進んでください」という学生へのメッセージを込めた、自作の「やればできる君」です。紐を引っ張ると抵抗により顔が固定され、緩めるとスルスルと落ちていきます。

同じ予備校に通う友人たちから参考書を借りました。彼らも使うものですから、長い期間借りておくわけにはいかず、数日後に返す約束をして、その間に読んでしまいます。それを繰り返していました。そうすると、参考書を集中して読むことができます。また、効率を重視して理解できていない部分だけを読むために、自分が今何を理解しているのか整理することもできました。日本文学の知識が足りないと自覚していましたので、夏目漱石などの作品も自主的に読んでいましたね。継続して勉強すること、模擬試験などを利用して本番の雰囲気に慣れておくことは、受験勉強にとって大切だと痛感しました。

分析力、説明力、感性を育てる

 1年間の浪人生活を経て、東京工業大学工学部に進学しました。私の専門は材料工学です。物質というのは、原子や分子が集まって構成されています。その集まり具合によって物質の性質は異なります。物質の構成要素が変わることで、全体の組織が変わるのです。私は物質の構成要素を原子レベルで観察して、新しい機能を持つ材料を開発する研究をしていました。高校時代は医師になりたくて生物部に入っていましたが、その時の経験も決して無駄にはなっていないと思います。教育者としても、研究者としても、多様な視点を養うことができたのですから。
  多様な視点を持つこと、偏見を持たずに物事に臨むこと、常に「それは正しいのか?」と自問する姿勢を持つことは大切だと思います。また、事実と意見を混同しないようにすることも重要です。他人の意見に流されず、客観的に検討して自分なりの考えを導き、それを発信していく作業は、大学の学びでは特に重要になってきますよ。千年に一度という大震災と原発事故を経験した福島大学の学生たちには、そうした力が身についてきているように思います。つらいことから目をそらさずに、自分たちの経験を世界に向けて発信していこうという強い意志があるのです。これは本当に素晴らしいことで、私も大変頼もしく感じています。皆さんにも、分析力、説明力、そして他人に説明する際に、共感を得るために必要な言葉選びができる感性を、ぜひ育てていただきたいですね。

科学マジックに乗せるメッセージ

 私は科学の原理を利用したマジックが趣味で、折に触れて装置を自作し学生を前に披露しています。今年の8月3日土曜日には福島大学による*「サイエンス屋台村」(in福島市子どもの夢を育む施設こむこむ)を開催、子どもたちに楽しんでもらえる科学実験屋台をたくさん企画しています。私も「科学マジックショー」を行いますので、ぜひ遊びに来てくださいね。
  私が科学マジックをするようになったのは、東京工業大学工学部附属工業高等学校で校長を務めていた時です。生徒が飽きない、印象に残るような話をしたいと思ったのがきっかけでした。私がマジックと一緒にいつもお話しするのは、夢に向かって自発的に学習をしましょう、ゆっくりでもいいので継続していきましょうということです。また、文系理系問わず、興味のあることには果敢に挑戦してほしいということも伝えています。これからは、大学でも文理融合が進んでいくと思いますので、そういった枠にとらわれずにいてほしいと思います。そのほうが、きっとより早く「やりたいこと」にたどり着けるでしょう。

復興支援で活躍する学生たち

 震災後、3つの福島大学生ボランティアにより設立されたのが「福島大学災害ボランティアセンター」です。震災直後は建物の泥出しや物資搬入を行い、また原発事故の影響により外で遊べない子どもたちと遊んだり、足湯や手湯をしながら被災者の悩みを聞いたり等の活動を学生主体で行っています。
  また、昨年の11月には、文部科学省庁舎前において「ふくしまの想いを届けよう ! 福島大学 教育支援&復興マルシェ in 文部科学省」を開催。人間発達文化学類と経済経営学類の学生が、避難している子どもたちの学習・遊び支援の報告をしたり、福島の生産者と消費者をつなぐマルシェ(青空市)を通じて福島産の農産物の安全性への理解を求めたりと、福大生だからできる首都圏への情報発信を実施しました。
 

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復興マルシェを行った福島大学経済経営学類の学生たち

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