大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

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わたしの勉学時代

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1874年創立の立教大学では、リベラルアーツを教育の柱とし、変化の激しい国際社会で活躍できる人材を育むことに力を入れています。今回は、2010年4月に同大学の総長に就任された、吉岡知哉先生にお話を伺いました。小学5年生の時の自由研究の話、中学時代の成績にまつわるユニークなエピソードなど、興味深い内容が盛りだくさんです。皆さんへのメッセージも、ぜひ参考にしてくださいね!

彫ちょうこく刻家だった父と戦争

 東京都世田谷区は住宅地として知られていますが、私が幼かった頃は田畑の多いのどかな景色が広がっていました。道が舗装されたのもずいぶん後でしたし、生活用水が井戸水だった時期もあります。強風が吹くと道の砂が舞い上がって大変だった覚えがあります。
  父は彫刻家で、近隣の中学校や高校で美術の教員もしていました。学校が夏休みになると、家のアトリエで一日中作品を作っていましたね。ですから、夏休みに家族で出かけた記憶はほとんどありません。アトリエへは自由に出入りしていました。また、父は小学生を集めて絵画教室を開いていたので、私もそこで絵を学びました。絵画や彫刻などは好きですが、それを職業とするほどの才能がないことを、わりと早い時期から自覚していました。美術の授業では「それなりに」上手に作品を仕上げるのですが、どこか他の絵を真似ているようで、独自のセンスを発揮するところまではいかなかったのです。絵画教室に通う才能のある子どもたちや、後に美術史を専攻することになる3歳下の妹のほうが、美的センスは数段上だと思っていました。

 

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母にも美的なセンスがあったと思います。
彼女は編み物などが得意でした。

 父は手を動かすことが好きだったようで、家の修理などもやっていましたね。大阪の商人の息子だった父は、工芸高校(戦前は工芸学校)で美術を学んだ後、東京に出て*1東京美術学校に進学しました。しかし、当時の日本は戦時下。父は*2学徒出陣で徴兵されてしまい(幸い戦地へ赴く前に終戦を迎えたそうですが)、美術の勉強を諦めなければならなかったようです。大学での学びを途中で放り出さなければならなかったことを父は悔いていました。「もっとちゃんと大学で学びたかった」父が時々そう漏らしていたのを覚えています。

  *1 東京美術学校…日本初の美術家、美術教員養成機関。1887(明治20)年に創設。1949(昭和24)年に東京芸術大学に統合された。
  *2 学徒出陣…第二次世界大戦末期、日本の兵力不足を補うために、高等教育機関に在籍する20歳以上の文科系学部の学生と一部理系学部の学生を在学途中
          で徴兵させたことを指す。

塗料をテーマに自由研究

 私が通っていた世田谷区立等々力小学校は、一学年たった2クラス。クラス替えをまったくしなかったので、転校生もいましたが6年間同じ仲間とともに過ごしました。授業が終わると皆で原っぱへ行き、秘密基地を作ったり、鬼ごっこをしたり、缶けりをしたり、長馬といって馬と乗り手に分かれて遊ぶなどということにも夢中になりました。男女や学年の区別なく大勢が集まって遊んでいましたが、現在ではあまり見られない光景かもしれないですね。毎日いろんなことを経験していました。友達の影響で昆虫採集を始めたり、近くを流れる多摩川でザリガニを捕まえたりと、自然の中で遊ぶ機会も多かったですね。
  小学5年生の時は近くの中学校の理科教室に通っていました。小学生を対象に解剖の実験をするなど先進的な取り組みをされていました。そこでの夏休みの自由研究で、私が扱ったテーマは「塗料」。家にあった数種の塗料をベニヤ板に塗り、それを火であぶってみたり、水の中に何日間か浸けてみたりして、経過を記録しながら色落ちの具合などを調べるという内容です。つたないながらも仮説を立て、実験の経過を考察して自分なりの結論を導くことができました。以後実験への興味は薄れていったのですが(笑)、その時は真剣に取り組みま

 

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中学ではブラスバンド部でトランペットを吹いていました。中学2年生の時には友達の影響で初めてジャズを聴きました。

したね。とてもいい経験ができたと思います。私たちは互いの成績を把握していました。点数を見せ合って、自分たちで学年順位をつけていたのです。今では考えられないでしょう(笑)。ほとんどゲーム感覚で、誰も勉強がすべてだとは思っていなかったと思います。ただし自分の順位が知られるわけですから、試験前には懸命に勉強しましたし、思うような結果を出せなかった時は悔しかったですね。中学の3年間はとても充実していて、かけがえのない時間だったと今でも思います。
  高校受験を意識したのは中学3年生の時です。友人に誘われて、東京大学の1年生だった人から英語と国語を教えてもらうようになりました。そこでは英語版の*3『星の王子さま』を読んだのですが、高校生レベルの難しい英語でしたが大変面白かったですね。その東大生の人には基礎の基礎、辞書の引き方から教わりました。他にも数学を教わりに行ったり、塾に通ったりもしましたね。そうして東京教育大学附属駒場高等学校に進学しました。入試問題を、解きながら面白いと感じたのを覚えています。

  *3 星の王子さま』…小説家で飛行士でもあったフランスのアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900〜1944年)の代表作。
                 1943年にアメリカで出版された。

政治・思想学の枠にはまらない研究を

  高校の授業は大学の講義のようで、癖もあり、難しかったです。授業についていけず、成績はひどいものでした。中学時代は勉強ができたほうでしたので、かなりショックでしたね。
  東京大学法学部へは一年浪人して入学しました。高校の頃は*4大学闘争真っただ中で、高校や予備校でもその機運が盛り上がっていました。受験を意識するどころか、生徒たちは大学とは何か、教育とは何かを論じ合うことに熱心だったのです。同じような時間を過ごしたはずの同級生が、あっさりと現役で東大合格を決めた時は驚きましたが(笑)。私は一年間の浪人生活を送りました。
  大学では政治思想史を学びたいと思っていました。また、ぼんやりとですが、研究者になりたいとも考えていましたね。そんな私が研究対象の一つに*5ルソーを選んだのは、彼がヨーロッパ思想史における「変わり者」だったからです。大学1年生の時にルソーの本を何冊か読みましたし、彼の自伝『告白』などの文学系の本にも目を通しました。ですから、政治思想などの一分野に限った専門書を読んだ時、自分が抱いているルソー像とは大きく違うことに気づいたのです。そこで、多彩な分野で活躍したルソーを総合的に研究してみたい、政治思想史学の枠にははまらない研究がしてみたいと思ったのです。

  *4 大学闘争…大学と学生が対立状態になること。大学紛争ともいう。特に1960年代末期は高校や予備校まで闘争状態になった。
          これらを総称して学園紛争とも呼ぶ。

  *5 ジャン=ジャック・ルソー…1712〜1778年。主にフランスで活躍した哲学者、政治哲学者。他にも作家や作曲家など多彩な分野で活躍した。
                 主な著作に、政治哲学に関する『社会契約論』、教育について書かれた『エミール』などがある。

面白いと思ったことを追究しよう

 高校の授業は大学の講義のようで、癖もあり、難しかったです。授業についていけず、成績はひどいものでした。中学時代は勉強がで学びの専門性を進めていくためには、違う領域の分野を知ることも必要です。一つの分野を突き詰めていくと次第に視野が狭くなり、ついには壁にぶつかってしまうこともあります。そんな時、別の視点から突破口が開かれるということも多々あるのです。理系文系の枠を超えて、幅広い視点を養っておくことは必要なのではないでしょうか。
  そのために、皆さんには面白いと思ったことをとことん追究してほしいと思います。理系分野、文系分野に限らず、あるいは勉強に限らず、一度興味を持ったことには真正面から取り組んでほしいですね。私は途中で諦めたことがあり、後悔した経験がたくさんありますから、皆さんにはぜひ後悔のないようにしてほしいのです。それはすぐには役立たないかもしれません。ですが、そうして取り組んだ経験は、何年先になるかわかりませんが必ず生きてくるでしょう。そして、できるだけ多くの友達と過ごしてください。多様な考え方に触れてほしいと思います。

グローバル教育センター

 2013年4月、立教大学は、「専門性に立つグローバル教養人」の育成を一層強化するため、「グローバル教育センター」を新しく設立。4月から正課科目として、 「グローバル・リーダーシップ・プログラム(GLP)」と「『国際協力人材』育成プログラム」を開講しました。GLPは、各自が持つ実力を世界で発揮するために英語と同等に重要とされるリーダーシップスキルを身につけるためのプログラムで、英語のみで行う授業も3科目用意されています。今後、国際サービスラーニングや海外インターンシップなどのプログラムも開講予定です。同大学では2012年度に留学した学生数が、2005年度の5倍に増加しており、海外で学びたいという学生のニーズが高くなっています。海外への意識を高めることができる環境が整っているのが魅力ですね。  

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GLPでのディベート準備をする学生たち

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