大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

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大学の学長、塾先生の勉学時代

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わたしの勉学時代

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仏教哲学者であり教育者であった井上円了によって、1887(明治20)年に創設された東洋大学は、2012年に125周年を迎えました。21世紀の多様化する社会で活躍する人材を育てる同大学では、様々な教育環境の整備が進んでいます。今回は、2009年に同大学の学長に就任された竹村牧男先生にお話を伺いました。幼い時のこと、大学受験での挫折から得られたもの、恩師とのご縁など、たくさんお話いただきました。

四歳の時に父が他界女手一つで育ててくれた母

 私には、父についての記憶がまったくといっていいほどありません。四歳の時に病死してしまったので、母は私と二人の姉、兄を女手一つで育ててくれました。日本全体が貧しい時代であった中、生活は本当に大変でした。それでも大学まで進学させてくれた母には感謝しています。
  家は東京都の豊島区長崎にありました。住宅地で、近所には友達も多く住んでいましたし、上級生も下級生も関係なくよく一緒に遊んでいました。石神井公園が近かったので、夏休みはそこで昆虫採集をしたりしました。ただ、先ほど申し上げた通り貧しい家でしたので、野球のグローブもバットも持っていません。ですから野球の仲間には入れませんでしたね。でも、そうした経験で不自由を感じたことはありませんし、悩んだこともありません。私自身が「どういう子どもだったか」ということについては、はっきりとは思い出せませんが、学校の通知簿には「明朗である」と書かれていたと記憶しています。今振り返ってみると、案外のびのびとした子ども時代を過ごしていたのではないでしょうか。

 

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末っ子で幼かったということもあり、母の苦労をあまり感じずに育ちました。

ユニークな先生方の思い出体を動かすのが好きだった

 小学校は豊島区立千早小学校に通いました。今でも覚えているほど、ユニークな先生がいらっしゃいましたね。図工を担当されていた先生は「オリンピックに出たことがある」と言っておられて、それはどうも本当ではなかったようなのですが、私などは結構本気にしていました(笑)。その先生はとても鉄棒が上手で、私も見様見真似で鉄棒に挑戦しました。また、希望者を募って、朝、授業が始まる前に器械体操を教えてくださる若い先生もいらっしゃいました。これがとても楽しかったです。中学校時代は独学で体操の練習をしていました。鉄棒は大車輪という大きく回転する大技ができるまでになりました。高校に体操部があれば入部していたと思います。それほど夢中になっていました。結局、高校では柔道部に入り3年生の時には黒帯の初段までいきました。体を動かすことは好きなほうだったと思います。
  中学も同じ校区の豊島区立千早中学校に進学します。小学校の頃から、塾に通っている同級生も多くいたと思います。当然ながら、私は塾には通えませんでした。学校の授業を熱心に聞き、テスト前にふだんより少しだけ集中して勉強に取り組むといったスタイルで、なかなかの成績であったと思います。兄や姉に勉強を教えてもらうことはなかったですね。鶴亀算だったと思いますが、姉や兄たちは母に解き方を尋ねたそうですが、私だけは自力で解法を導いたというので、母に褒められたのを覚えています。

高校入学後、勉強がおろそかに浪人生活を経験する

 わりとのんびりとした小学校、中学校時代を過ごしたわけですが、東京都立小石川高等学校に進学後は状況がまったく変化しました。現在もそうですが、小石川高校は当時も進学校でした。それぞれの中学校で優秀な成績だった生徒が集まっていて、圧倒されましたね。そこで、真面目に勉強するのはかっこ悪いなどと思いましてね(笑)、柔道部の活動に熱心になりました。当然、成績は落ちてしまいます。高校3年生になって初めての模擬テストで、ほとんど最下位という成績になってしまいました。6月頃だったでしょうか。これではいけないと思い、ようやく勉強を始めました。秋の模擬テストでは数学が学年5位になるほど、成績アップ。自信もつきましたし、先生からも期待されて、大学受験はスムーズにいくと思っていました。ですが、一年目は失敗、浪人生となってしまいます。家庭の事情で国公立大学しか受けられませんでしたので、二度目の受験は大変なプレッシャーでしたね(笑)。
  浪人生となった私は、初めに夏目漱石の全集を読もうと思いました。時間はたっぷりあったので、勉強の合間に読書をするなどして過ごしました。高校時代、浪人生時代に吸収できたものも、大きかったかもしれません。それらは私自身の進路決定につながっていきました。

仏教思想との出会い禅の私塾に通い道を求める

 私が研究対象に仏教学を選んだのには、いくつかのきっかけがあります。そのうちの一つは、高校の古文テストで出題された、評論家で哲学者、思想家でもある唐木順三(1904〜1980年)の著書『無用者の系譜』との出会いです。リズムがあり大変美しい文章で感動しました。それからというもの、『詩とデカダンス』や『中世の文学』といった彼の本を図書館に通って読むようになり、日本文化の背景にある仏教思想に惹かれるようになったのです。もう一つのきっかけは、友人の家で読んだ数学者の岡潔(1901〜1978年)の本です。数学者の随想集なのですが、仏教について多く触れています。彼の考えには大変説得力があり、また魅力的だと思いました。このようなきっかけから、仏教思想とはどのようなものかを考えるようになりました。最終的に進路を決定したのは浪人生時代です。
  東京大学文学部に入学後、すぐに坐禅サークルに入りました。禅の世界に益々傾倒していった時期です。一方、当時は学生運動が盛んな時代でした。東大も私が2年生の時、6月からストライキに突入したので、1年半近く講義がありませんでした。その間の私はというと、学生運動には加わらず、ひたすら禅の修行をしていました。2年生の4月頃から*1秋月龍a先生の私塾に通い始め、禅に関する様々なことを学びました。秋月先生が私に与えた影響は計り知れません。

 坐禅は最近ブームのようですね。坐禅の呼吸法については、集中力を高めたい受験生の皆さんにも効果的かもしれません。坐禅では「丹田(下腹)に気を溜める」といってゆるやかな腹式呼吸を行うのですが、そうやって呼吸を整えると、自律神経の調和をもたらし、そのうち精神的にも落ち着いてくると思います。試験前に深呼吸をすることも、緊張や焦りを取り去るのに役立つと思いますよ。試してみてはいかがでしょうか。
  大学の講義が再開した後、印度哲学を専攻に選びます。私の在学中には、仏教学界で大変な活躍をされた著名な先生方が何人も在籍されていました。大変幸運なことだったと思います。これ以上ないほどの学びの環境が整っていて、たくさんの影響を受けました。
  大学卒業後はすぐに社会に出ようと思っていました。母にも働いて独り立ちしてほしいと言われていましたので、研究者になる道は考えられませんでしたね。ですが、出版社に就職した後、大学でお世話になった*2平川彰先生から「大学院に戻ってこないか」というお手紙をいただきました。働きなさいと言っていた母も、その手紙を読んで感動しまして、私が研究者となることを許してくれました。平川先生ご自身も大変ご苦労された方で、私のことを気遣ってくださり、アルバイト先まで用意してくださったのです。本当に感謝しています。

 

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大学時代は坐禅サークルの他に、古武道の稽古もしていました。日本の古いものが好きです。

  *1 秋月龍a…1921〜1999年。日本の禅学者。東京帝国大学文学部哲学科卒業。埼玉医科大学名誉教授。日本の禅思想を海外に広く紹介した
            仏教学者・鈴木大拙に学び、多くの書物を著した。

  *2 平川彰…1915〜2002年。日本を代表する仏教学者の一人。東京大学名誉教授。広く仏教教理を研究。
            『平川彰著作集』(全17巻・春秋社)など多数の著作がある。

常識や先入観、偏見を疑い深く探究する体験をしてほしい

 東洋大学の学生には、価値観が多様化している社会で、たくましく生きていくための力をつけてほしいと思っています。そのための学びの環境を整えるのが、私たちの役目です。また、国際化社会においては、日本の歴史や文化、思想について深く知り、それらを自ら説明していける人間になってほしいと思います。
  これから大学進学を目指す皆さんには、受験勉強をただこなすだけでなく、そこから自分にとって興味深いものを探してもらいたいですね。私が高校のテストで唐木順三の文章に感動したように、皆さんの心に響く分野がきっとあると思います。それが教養となり、将来にわたって役立つものとなると思うのです。また、興味を持ったことに対しては、ぜひ夢中になって取り組んでください。そのことで、集中力も養えます。さらに常識や流行、先入観や偏見を一度疑ってみることもおすすめします。そうすることで、自分で考え、どこまでも探究する力が身につくと思うのです。ぜひ、貴重な学生時代に、深い学びを体験してほしいと思います。

姫路中学校、2014年開校! 2015年には牛久中学校も

 2014年4月、東洋大学附属姫路中学校が開校します。2013年に創立50周年を迎えた姫路市書写にある高等学校の校舎は大規模整備が行われ、6年間の中高一貫教育の場として新たなスタートを切ります。

 新設校では「確かな学力」と「豊かな人間力」を育むことを目指します。大学附属校ならではの取り組みも特長の一つ。インターネットを活用した大学教授による特別講義「遠隔授業」を行ったり、大学の研究施設を利用して実験や実習などを行う「課題研究」を実施したりします。また、2015年4月には同じく附属高校のある茨城県牛久市に東洋大学附属牛久中学校(仮称)も開校予定です。(茨城県知事計画承認済)
  大学附属校ならではの高い学習スキルの獲得、6年一貫教育だからできる丁寧な進路サポートなど、一歩先を行く教育を実現する場となりそうです。
 

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東洋大学附属姫路中学校・高等学校の新キャンパス。

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