大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

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わたしの勉学時代

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1908(明治41)年に設置された奈良女子高等師範学校を前身とする国立大学法人奈良女子大学では、女性が積極的に社会へ参加できるよう、学生と産業界とを結びつける取り組みに力を入れています。今回は、2013年4月に同大学学長に就任された今岡春樹先生にお話を伺いました。制御工学を志した先生は、あるシステムの開発によってアパレル業界に革新をもたらしたのですが……その経緯とは!?

まるで「アルプスの少女ハイジ」のんびりとした子ども時代

 島根県出雲市の山奥にある40戸ほどの小さな集落が、私の生まれ故郷です。集落すべてが今岡姓を名乗っていましたので、幼い頃は互いを名字で呼び合う習慣がありませんでした。
  我が家は代々農家を営んでいて、父は米作りと養鶏をしていました。昔は耕耘機もなくて、牛に農具を引かせて田んぼを耕していたものです。茅葺き屋根の家に3世代が住んでいて、土間があり、風呂も薪で沸かしていました。古き良き日本の原風景、懐かしいですね。こうした環境で育ったことは、とても幸せだったと思います。
  私はというと、家の手伝いをまったくしない子どもでした。農家の跡取りとしての素養は、あまりなかったようです。野山を歩いたり、川で魚を獲ったりして、のんびりと過ごしていました。春になると、田んぼはレンゲの花でいっぱいになります。その鮮やかな色をした花の間を、飼っていたヤギが、生まれたばかりの真っ白な子ヤギを連れて横切って行きます。彼らと遊ぶのも楽しかったですね。ヤギと遊んだり、寝転がって雲を観察したり。まるで「アルプスの少女ハイジ」のような生活をしていました。

 

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本を読むのは好きでした。
よく手にしたのは推理小説です。

「誰にも負けたくない!」ライバル心から勉強を頑張る

 小学校は集落から約2q下ったところにありました。毎日4qほどを歩いたのですが、さらに山奥から通って来る子もいましたし、それほど苦には感じませんでした。ただ、肝心の勉強はあまり好きではなくて、宿題も「せずに済むなら、それに越したことはない」と考え真面目に取り組んでいなかったようです。当時の教材を見返してみても、宿題をした形跡がありませんでした(笑)。暗記物は特に苦手でしたね。逆に、パズルなど考える作業はとても好きで、何時間でも集中できました。中学生の夏休みだったと思うのですが、多湖輝さんの『頭の体操』(光文社)に夢中になったのを覚えています。その中に、どうしても解けない問題が一つだけあって、1週間ほど格闘しました。苦労の末に解けたのですが、その時の感動は忘れられません。興味のあることについて集中して粘り強く考えることが好きな子どもでした。
  小学生時代はあまり勉強をしなかったのですが、中学校進学後に一変します。同級生の出身小学校は二つに分かれていて、それが中学生になってグループ化しました。そうはいっても喧嘩をするなどの悪い状況ではなく、互いのグループをライバル視して勉強やスポーツを競い合っていたのです。定期テストの結果が校内に貼り出されたこともあり、勉強は特に頑張りました。登下校途中に歩きながら英単語の暗記をしたり、2歳上の姉に教わりながら夜遅くまで机に向かったりしたおかげで、成績は3年間常にトップ。「誰にも負けたくない!」と努力したことが結果につながったので、大変嬉しかったです。苦手な暗記も頑張った甲斐がありました。生徒会長として学校行事に携わる経験もでき、充実した毎日でした。

  *1 『頭の体操』…パズル問題を集めた書籍シリーズ。1966年に第1集が発売され、2010年現在、
     正規シリーズ23集を出版。累計1200万部を超えるベストセラーとなっている。

体力、文学的素養を身につける

 常に成績トップだったこともあり、志望校には必ず合格するだろうと考えていました。そんな時、他の中学校から転勤されていらした先生に、「他の学校には、もっと頭のいい生徒がいる。油断してはいけない」と注意されたのですが、それを実感したのは高校進学後です。
  出雲高等学校には、各地域の中学校から優秀な学生が通って来ました。その中でも、特別進学クラスとして分けられた2つのクラスには、全県模試で名前が載るような有名人ばかり集められていました。そのうちの一クラスに振り分けられた私は、たまったものじゃありません。入学当初はプレッシャーを感じ、これから先の高校生活が不安でした。そんな私を気にかけてくれた同じ中学校出身の友人が「適度なスポーツは勉強の邪魔にならない。むしろ良い気分転換になるよ」と言ってくれたので、サッカー部に入部することにしました。初めはルールもよくわからない素人でしたが、3年間楽しく続けることができ、とても良い経験になりました。入学直後の全学年マラソン大会では貧血で途中棄権してしまったのですが、3年生の時には、なんと第7位でゴール。体力は格段にアップしました。
  勉強は、中学校の時とは比べ物にならないほど量が多くて、学習計画を立てるのですが、

 

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高校受験の時は、教科書の索引ページの単語を見て、内容を覚えているかどうか確認する勉強法を実践しました。

テスト本番までに間に合わない有り様でした。必ず高得点が狙える得意科目に絞って勉強して、毎回何とか乗り切っていました。また、テストには関係なかったのですが、国語の曽田清子先生にいただいた詩集は、後々まで私を助けてくれました。宮沢賢治や萩原朔太郎、北原白秋などの作品を収録した先生オリジナルの本です。生徒は皆これを暗記させられて、授業で当てられた者は暗唱しなければならなかったのですが、おかげで文学の素養を身につけることができました。私は理系の人間ですが、様々な方と話をする際には、こうした文学的素養が必要なのだと実感しています。ですから、曽田先生には大変感謝しています。

世界初のシステムへの誇り

 物理が得意だった私は、東京工業大学の工学部に進学しました。機械の分野を選び、制御工学を学び始めたのですが、平日は実験に追われ、土日はレポート三昧という大変な日々でした。高校の先生には「大学に入ったら遊べるのだから、今は受験勉強を頑張れ」と励まされたのに、話がまったく違います。あまりに驚いて悔しかったので、その先生には「先生の言っていたことは嘘です!」と抗議の手紙を書きました(笑)。それほど忙しかったのです。制御工学は当時新しい学問で、機械と電気両方の分野に適用できる数学モデルを考えるのが私たちの仕事でした。

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 私の恩師である寺野寿郎先生は、『あいまい工学のすすめ』(講談社)を書かれた方で、ファジィ制御を専門にされていました。制御工学を柔軟に捉え、人間社会に応用できるように発想を展開していくという研究です。先生から学んだことは、大学院卒業後に大いに活かされていくことになります。
  大学院を出た後、縁あって通産省の工業技術院繊維高分子材料研究所に就職しました。当時、研究所では、コンピュータを使い「人が実際に服を着たら、どのような形状になるか」をシミュレーションするシステムの開発をしたいと考えていました。成功すれば、服飾デザインにおいて試作の手間が省けるので、世界的にも画期的なことだというのです。私にとって繊維やデザインは未知の分野で、基本的なところから勉強を始めなければならず、試行錯誤の繰り返しでした。システムの開発に成功した時は、本当に嬉しかったですね。今でこそ、アパレル業界では3Dソフトを使ってデザインを試作するシステムは広く利用されています。それを世界で初めて開発したことは、私にとって誇りです。

様々な「本物」に触れてほしい

 皆さんには、ぜひ「本物」に触れてほしいですね。絵画でも音楽でも小説でも、何でも構いません。数学オリンピックなど、自分の限界に挑戦してみるのもいいですね。大学は人生最後の学びの場ですが、そこで皆さんが発揮する才能は、それまで培ってきた感性に依るところも大きいと思います。ぜひ、今のうちから、様々な分野の素晴らしい感性に触れ、その経験を大学生になった時に活かしてほしいのです。皆さんの才能を輝かせるために、私たち大学側は最大限のサポートをします。
  研究は、地道で丁寧な作業の積み重ねです。そうしてたどり着いた発見やひらめきは、実に美しい姿をしています。それは突然、頭の中の霧が一気に晴れて降って来ます。その時の研究者の驚きと喜びは大変なものです。全身が震えるほどの大発見が降って来た時、私は嬉しさのあまりその場でスキップをしてしまいました。「この発見は、今、世界で私一人が知っているのだ!」と思うと、じっとしていられませんでした。研究者を目指そうと思っている皆さんも、この最高の瞬間を目指して、様々な経験を楽しんでほしいと思います。

奈良女子大学の旧本館と守衛室(附 正門)

 1908(明治41)年に設置された奈良女子高等師範学校(現・奈良女子大学)。現在記念館となっている旧本館、そして守衛室(附 正門)は、創設当初から100年以上もの間、学生たちを見守ってきた歴史ある建物です。1994年には国の重要文化財に指定され、同大学を象徴する建物になっています。
  記念館の外観は、ヨーロッパ北部に見られるハーフティンバー様式で、柱や梁などの軸組は隠されずに装飾材として活用されています。木部をデザインとして魅せ、単調になりがちな外観にデザイン性を持たせています。レトロな建物はテレビドラマの撮影に使われることもしばしば。現在も一階は展示室、二階は講堂として利用されていて、毎年春と秋には各1週間程度一般公開(入館無料)もあります。

 

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若草色と白の配色が美しい、正門と記念館。

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