大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

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わたしの勉学時代

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創立130年以上の歴史を持つ国立大学法人東京工業大学は、約1200名もの留学生が学ぶ国際色豊かなキャンパスでもあります。今回は、ご自身も同大学の卒業生であり、アメリカで博士号を取得された三島良直先生にお話を伺いました。成績が落ち込み野球部を退部した時のこと、アメリカの大学で優秀な学生を目の当たりにして考えたことなど、皆さんの学習のヒントになるお話ばかりですよ!

野球が大好きな少年

 東京生まれ、東京育ち。実家はJR山手線の目白駅から徒歩5分ほどのところにあり、静かな住宅地でした。自然豊かな場所で、家の前には林や池が広がっていたのを覚えています。夏休みになると、虫取り網とカゴを手に家を飛び出し、昆虫採集に励みました。夏休みの自由研究用に標本を提出したこともあります。また、小学校中学年の頃から野球が大好きで、プロ野球選手になりたいと思っていました。放課後は練習に試合にと夢中になったものです。当時は子どもたちが思い切り遊べる空地がたくさんありましたし、共に暗くなるまで全力で遊ぶ友達も大勢いました。楽しい思い出を、今も鮮明に覚えています。
  父は東京大学で金属の研究をしていました。真面目で几帳面、野球と落語が好きな人でした。子どもの頃から晩年まで、欠かさず日記をつけていましたね。切手の蒐集家としても知られていて、日本国内だけでなく、海外のコレクターとも頻繁に切手を交換していました。毎日のように送られて来る切手の詳細を記録し、きっちりと保管していたのですから、その几帳面さはかなりのものだったと思います。

 

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私の性格は、父とは正反対だと思います(笑)。

野球中心の生活で成績不振に英語と物理を徹底的に学習

 父から勉強を教わったことは一度もありませんが、両親が教育に無関心だったわけではありません。2歳上の兄と私の勉学の環境については、特に気を配っていたと思っています。私の中学受験を決めたのも両親でした。受験に備えて小学4年生頃から学習塾に通いましたが、私はもう不満一杯でした。大好きな野球ができなくなってしまったからです。ですから、武蔵高等学校中学校に入学してすぐに野球部に入りました。
  中学校の3年間はもちろん、高校生になっても野球ばかりの毎日でした。結果、勉強がおろそかになり、高校1年生の時に成績が落ち込んでしまいました。ほとんど最下位に近かったです。これはショックでしたね。「このままだと、自分の将来はどうなってしまうのだろう」と真剣に考え、野球中心だった生活を変えることにしました。退部を決心したのです。
  野球部を辞めた後は、勉強に集中しました。「今まで野球の練習をしていた時間は、必ず机に向かおう。そうしなければ意味がない」と思いました。悔しかったですから。本格的に勉強を始めた時、特に成績のふるわなかった教科は、英語と物理です。英語は、英文法がよく理解できていなかったので、まずは基礎を完璧にしようと思いました。実践したのは、参考書の穴埋め問題を繰り返し解くことです。中学校で習うレベルの簡単な文法にも、決して手を抜きませんでした。文章を暗記するまで繰り返すうちに、文法のパターンなども身につきました。物理も参考書を購入して、中学1年生からの学習内容をすべて復習しました。物理に関しては、私の経験上、高校の授業がわからなければ中学の内容を総復習することをおすすめしたいと思います。
  そのようにして勉強を続けたところ、成績は急上昇。一気に100位ほど順位を上げました。勉強は、真剣に取り組めば取り組むほど、良い結果につながります。そのことがわかって勉強が楽しくなりました。また、武蔵の自由でユニークな授業も面白かったですし、個性的な先生方との出会いも私を成長させてくれたと思います。

祖父と父と同じ金属研究の道へ

 私が東京工業大学工学部に入学したのは1969年です。その年の1月に*1東大安田講堂事件が起こりました。この事件によって東大の入試が中止になったことで、多くの受験生に影響がありました。東京工業大学も入学直後は封鎖状態で、授業が始まったのは9月からでした。半年で1年分の授業を詰め込まねばならなかったのは大変でしたね。
  大学2年次に金属工学科へ進みました。金属を専攻することは、入学当時から決めていたことです。世の中の役に立つことを研究したいと常々思っていました。そして、金属であれば産業の分野に直接的に関わっていけると考えたのです。*2父が東大で金属を研究していたことは先ほどお話しましたが、祖父もまた金属を研究した人でした。その影響も少しはあったかもしれません。
  東京工業大学の教育の特長の一つに「くさび型教育」があります。多くの大学では、教養課程と呼ばれる専門分野以外の分野に触れる授業は、1、2年生のうちに詰め込む傾向があります。これに対して「くさび型教育」では、学部1年から学部4年に至るまで教養課程科目

 

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父が卒業生だったことも、武蔵高等学校中学校を志望校に選んだ理由の一つでした。

と専門課程科目を同時に履修します。学年が上がるにつれ専門的な科目は増えていきますが、確かな専門性の他に、自由な発想力と創造力、国際性、倫理観などをじっくりと身につけていくことができます。私が学部生だった当時、教育社会学者で元文部大臣の永井道雄氏や心理学者の宮城音弥氏などの著名な方々が教員として多数在籍していて、大変興味深い教養課程科目を受けることができました。大変貴重な経験でした。

  *1 東大安田講堂事件…1969年1月18日から19日にかけ、警視庁の機動隊が、学生によって占拠された東京大学本郷キャンパス安田講堂の封鎖解除を
     行った。学生と大学の対立(大学闘争・大学紛争)の中で起こった事件の一つ。

  *2 父・三島良績氏は東京大学工学部原子力工学科教授。祖父・三島徳七氏は「MK鋼」という永久磁石に適した合金を発明した「日本の十大発明家」の
     一人で、文化勲章受章者。

日本とアメリカの大学の違い

 修士課程修了後は、アメリカの博士課程へ進みたいと思っていました。英語力を磨きたいと思っていましたし、人と違う道を選びたいとも思っていたからです。ところが「日本で博士号をとっていたほうが就職には有利だから」と、周りは渡米に反対でした。そんな中、教授の梅川荘吉先生だけは賛成してくださいました。先生はスタンフォード大学、アメリカ航空宇宙局(NASA)に在籍されていたご経験があったので、留学への理解があったのだと思います。先生の薦めもあり、カリフォルニア大学バークレー校大学院に留学することになりました。梅川先生は非常にユニークな方で、飛行機の操縦士免許も持っておられ、私も飛行機に乗せてもらったことがあります。先生から受けた影響は大きいと思います。
  カリフォルニア大学は、日本の大学とは比べ物にならないほど厳しいところでしたね。学生たちは常に新しい知識や考え方を得ようと情熱を燃やしていました。教員は皆、一流の研究者でありなが

 

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ら、一流の教育者でもありました。学生の長所を伸ばすために、あらゆる工夫をされていました。また、世界中から優秀な人材が集まる場所でしたので、桁違いの才能を持つ学生も在籍していました。将来はきっとノーベル賞を取るだろうと思われる、どうあがいても勝てそうにない天才が何人もいたのです。そこで私は「彼らに正面から挑んでもだめだ。私なりの着眼点で、世の中に必要とされている技術を研究しよう」と考えました。後ろ向きに考えるのではなく、自分の可能性を模索する大切さを学びました。こうした視点が得られたのも、留学を経験したからこそだと思います。

自分には何ができるのかを問う

 大学時代、一度は留学を経験してください。海外の大学で学ぶ経験は、一か月の短期留学であっても、必ず皆さんの力になります。海外の優秀な若者たちに刺激を受けてください。逆立ちをしても敵わない相手に出会った時、「自分はだめだ」と思うのではなく、「自分には何ができるのか。強みは何か」を問うことが、皆さんの成長につながります。世界を肌で感じることが、将来世界を相手に活躍する第一歩になります。
  そのためにも、皆さんには今のうちにしっかりと勉強をして、下地をつくっておいてほしいと思います。そして、保護者の皆様、子どもたちにたくさんの経験をさせてあげてください。時には難しいことに挑戦することも必要です。そこで失敗したり、苦労して乗り越えたりした経験が、将来きっと役に立つはずですから。

世界を見つめる東工大

 東京工業大学には、学生が将来世界で活躍するための多彩なプログラムが用意されています。
  文部科学省「平成24年グローバル人材育成推進事業・タイプB(特色型)」に採択された同大学では、学士課程に「グローバル理工人育成コース」を設置。4つのプログラムを設け、学生の国際意識や異文化理解力、英語力、コミュニケーション能力などを養います。実際に海外へ出て、留学やボランティア活動、インターンなどを経験します。また、地球惑星科学科の学部2年生を中心に、海外地質観察旅行「地惑巡検」を実施。アメリカを中心に、地質学的に興味深い土地を実際に訪れます。いずれも世界で活躍する研究者、技術者を育てる実践的な内容が魅力です。

 

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海外地質観察旅行「地惑巡検」でハワイの溶岩を観察する東工大生たち。

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