大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

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わたしの勉学時代

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2003年10月、東京商船大学と東京水産大学が統合され誕生した東京海洋大学。海洋・海事・水産分野の教育と研究を担う国内唯一の海洋系総合大学であり、海洋の分野での技術開発だけでなく、世界をリードする人材の育成にも力を入れています。今回は、2012年4月に同大学の学長に就任された岡本信明先生にお話を伺いました。大学の受験勉強のスタートは、ぎりぎりだったようですが……?

変化とエネルギーに満ちていた

 私は高校生までを名古屋市の今池で過ごしました。ちょうど高度経済成長期の頃で、大通りが整備され、商店が次々と建ち並び、新興住宅地が出現する様子を見て育ちました。世の中は日々変わっているのだということを肌で実感していました。
  実家は代々農業をしていましたが、父は税務署に勤めていましたので兼業農家ですね。祖父母と両親、兄と私、叔母も一緒に暮らしていて、家の中は賑やかだったことを覚えています。畑では麦や芋、大豆などを育てていました。私も収穫した大根を干したり、市場へ出荷する芋を洗ったりしたものです。無駄な物は買わない、欲しい物があれば畑で獲れた作物と交換するなど、エコな生活を実践していました。
  大人たちに負けず劣らず、当時の子どもたちもエネルギーに満ちていました。そして、子ども同士で小さな社会を築き、様々なことを学んでいました。年上が年下の面倒を見る、年下に危ないことはさせない、年下は年長者が決めたルールに従う、得意分野で活躍すれば認められ、人よりできることを鼻にかけて偉そうにすれば注意される……など、なかなかしっかり

 

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2歳上の兄と私は性格が正反対でしたが、
仲は大変良かったです。

としたコミュニティが形成されていたと思います。忙しい親たちに代わり、地域の中学生や小学校高学年の子どもたちが小さな子の面倒を見るなどということは、今ではほとんどないでしょう。それだけ時代が変わってしまったということですが、その中で子どもたちが上手に人間関係を築けるような仕掛けを、私たち大人がつくっていかなければならないと感じています。

人との出会いは一生の財産 幅広い人間関係を築くこと

 小中学生時代、授業で一度も居眠りをしたことがありません。先生の話をしっかりと聞き、宿題は放課後の帰宅前に終わらせていました。体を動かすことが好きで足も速かったので、小学校や町内の運動会では毎年一等賞を取り、賞品を根こそぎさらっていました(笑)。
  中学校は、実家からすぐの名古屋市立今池中学校に通いました。正直に言えば良い評判ばかりではない学校だったのですが、その頃の出会いはかけがえのない財産となっています。大変やんちゃな同級生がいて、彼の家庭教師を引き受けてほしいと先生に頼まれたことがありました。骨の折れる役目でしたが(笑)、その同級生とは今でも付き合いがあります。中学校の美術の先生もユニークでしたね。毎回「何でもいいから“オブジェ”を持って来るように」と言い、授業の時に「なぜそれを持って来たのか?」と問う先生でした。初めのうちは、皆、家の床の間に飾ってあるような立派な物を「家宝だから」とか「家の人が大切にしているから」などという理由で持って行きます。ところが、そのうち持って行く物がなくなると、道に落ちていた石ころでも何でも適当に拾うわけです(笑)。それでも先生は、なぜ持って来たのかと訊ねます。なぜかと言われても答えがないので困りました(笑)。振り返ってみると、先生は私たちに「自分の意思とは何か」を問うていたのではないかと思います。当時はまったく気づけませんでしたが、それでも先生とのやり取りは私の糧になっています。成長した時、あの時の出会いが今の自分をつくっているのだとわかる。それでいいのです。
  様々な環境で育ってきた、性格や考え方のまるで違う先生や友人に出会えたことで、私の視野は広くなったと思います。大人になり、特定の分野の専門的な世界へ入っていくと、人との出会いも自然と狭くなるものです。若いうちに出会いの幅を広げておくことがいかに大切か、今になってしみじみと感じています。皆さんも、ぜひ先生や友人との出会いを大切にしてください。

魚を育てることが得意な少年

 小さい頃から魚が大好きで、川や池で生き物を捕まえて来ては育てていました。 5pくらいの錦鯉を水槽内で向きを変えられないほどに大きく成長させたことがあり、父に褒められたのを覚えています。金魚の飼育には特に力を注いでいました。友人と連れ立って毎日のように「らんちゅう(背びれのない、丸みのある金魚の一種)」を育てる名人のところへ行き、飼育方法を学ぶほどでした。らんちゅうの世話は大変難しく、やりがいを感じていましたね。
  そんな魚好きな少年でしたが、中学生までは電車の運転手になるのが夢でした。市電に乗る際は運転席の側が定位置で、家でも運転手の真似をして遊んだものです。高校時代はサッカー部の活動に夢中で、初めのうちは「体育の教員もいいな」などと考えていて、すんなりと進路を決めたわけではありませんでした。
  高校は愛知県立瑞陵高等学校に進学しました。今思うと、かなりレベルの高いことを生徒に教えていた学校です。常に「社会をリードする人材になるためにはどうすればいいか?」について考えさせていました。単なる進学校ではない、独特の雰囲気がありましたね。

 

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川や池に仕かけを作って、
水の中の生き物を捕まえるのが得意でした。

ユニークな授業が多かったです。例えば国語であれば与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を、あらゆる資料と照合しながら徹底的に読み込んでいきました。教材が1年に1ページも進まない授業で、当時の私には退屈で仕方がありませんでした(笑)。今思えば大学の講義よりもすごいことをされていたのですが、当時はその価値がわからなかったのですね。

   君死にたまふことなかれ…明治から昭和にかけて生きた女流詩人・与謝野晶子が、日露戦争に従軍した弟に向けて送った詩。「死にたまふことなかれ」は
     「どうか死なないでおくれ」という意味。

 勉強はほどほどに(笑)、部活動に注力する高校生活を、3年生の10月まで続けていました。本来なら受験勉強に本腰を入れていなければならない時期です。ちょうどその頃に3者面談があり、そこでようやく東京水産大学への進学を決めました。「日本一の金魚をつくるぞ!」と意気込んだわけです。ぎりぎりの段階での決断でしたので、必死になって勉強をしました。一度だけ受けた大手塾の全国模試で、数学が200点中25点だったことがあります(笑)。そこから挽回するために相当努力しました。特に「赤本」は念入りに解き、確実に点数の取れる分野を見極める作業は怠りませんでした。最後まで諦めずに勉強したおかげで、無事に合格することができました。

左写真で竹馬に乗っているのが中学生頃の岡本先生。     
右は大学3年生の時「神鷹丸」に乗って海洋調査実習での一枚。

 

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地道な経験は必ず力になる

 けっきょく金魚の研究は趣味になりましたが、今も楽しみながら続けています。私が専門としている分野は、平たく言えば「魚のお医者さん」です。魚の病気を診断して治療方法を提示し、実際に治療をします。治療に必要な薬やワクチンの開発も行います。薬やワクチンがよく効く魚や、病気にかかりにくい魚を育てる研究もします。水産業の発展に欠かせない分野です。
  東京海洋大学は、国内唯一の海洋系総合大学です。海に囲まれた島国・日本の今後を支えていく分野として、海洋は大変重要な役割を担っていると思います。常に変化し続ける世界に対して、柔軟に、総合的に対応していく必要も感じています。これまでの常識が通じなくなる未来が訪れるでしょう。メタンハイドレートなどの新しい資源を海底から掘り出すプロジェクトもありますね。東京海洋大学でも、サバにマグロを産ませる「代理親魚養殖技術」の開発が進められています。これらの新しい海洋資源、技術を活用・運用していくアイディアも今後必ず求められますので、そうしたマネジメントができる人材も育てていきたいですね。皆さんにも、ぜひ海洋の分野に興味を持っていただきたいと思います。
  海洋の分野に限らず、社会の様々な分野で活躍できる人になるために、今はコツコツと努力を続けましょう。勉強は押し付けられるもの、やらなければならないものと思ってしまいがちですが、そこであまり深く悩まずに、まずはやる、そして続けることが大切です。一見単調な作業を繰り返しているように思えても、実はその中には小さな経験が潜んでいて、皆さんは知らずにそれを乗り越えています。その地道な経験の積み重ねが、将来の皆さんの力に必ずなると私は思います。

グローバル人材育成プログラム

 海洋・海事・水産の分野で世界をリードする人材を輩出することに力を注ぐ東京海洋大学には、英語力を身につけ、グローバルな観点から行動する学生を育てる「グローバル人材育成プログラム」があります。TOEICスコア600点をクリアすることが海洋科学部4年への進級要件であるなど学生には一定水準以上の英語力が求められます。その英語力は、海外に進出している企業を訪問して実践的なプロジェクトに参加したり、地元の大学生と交流したりする「海外探検隊」にも活かされています。特に海外企業の現場を体験することは、学生たちの海外への視野を広げるだけでなく、世界で活躍する具体的なビジョンを育てることにつながっています。

 

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2014年夏、タイのチュラロンコン大学にて。
2015年春、タイ・シンガポール・香港・台湾・マレーシアに派遣予定。

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