大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

目標を決めたら! 始めよう!タイムスはいつでも君の味方です!

メールフォームでも受付中

関塾TIMES

今月のタイムス

関塾タイムス特集記事

大学の学長、塾先生の勉学時代

関塾タイムス・イラストギャラリー

タイムス編集部だより

関塾

KANJUKUTIMES

tel06-6241-5050

〒541-0056
大阪市中央区久太郎町3-4-30
船場グランドビル六階

関塾

>>バックナンバーはこちら

image

わたしの勉学時代

image

1880(明治13)年に設立された「専修学校」を起原とし、今年136年目を迎える専修大学。伝統を重んじながら、時代の流れに沿った教育を目指しています。
今回は、同大学の卒業生であり、2013年9月に学長に就任された矢野建一先生にお話を伺いました。日本の古代史を専門とされている矢野先生が、いつ歴史と出会ったのか、どのようにして研究者の道に進んでいかれたのか、じっくり聞いてきましたよ!

山の雪解けで春の訪れを感じる

赤石山脈と木曽山脈に挟まれ、その真ん中を天竜川が流れている。それが、私の生まれ育った故郷の風景です。寒冷な土地で、毎年、山の雪が解けていく様子を見ながら「春が近づいているなあ」と感じることができました。子どもの頃は里山を走り回って遊んだものです。川で魚をとったり、秋になると山に自生するアケビや自然薯(ヤマノイモ)などをとったりしていました。3つ年下の妹や、近所に住む従弟妹たちを連れて毎日賑やかに過ごしていました。
 父は小学校の教員でしたが、結婚して母の実家を継ぐ時に辞めました。家は造り酒屋を営んだり、紺屋( 染物屋)を営んだりしていました。私が幼い頃、農閑期になると越後(新潟県)のほうから杜氏(酒造りの職人)たちが家にやって来て、蔵で酒を仕込んでいたのを覚えています。麹を作るために米を蒸して餅のように加工するのですが、それが美味しくてつまみ食いをしたものです(笑)。家の中でも、季節の移り変わりを感じることができました。

 

image

家の手伝いもよくしていました。井戸で水を汲んだり、木を割って薪にしたり、大変だったのを覚えています。

片道1時間以上歩いて通学

家から小学校までは片道8qもあり、1時間以上も歩かなければなりませんでした。子どもの数が少なかったため、校舎は1階が小学校で、2階が中学校でした。共に過ごした仲間たちとは今でも時々会っています。
 小学生の頃から社会科や国語が得意でした。本も大好きで、図書館にもよく通ったのを覚えています。進級して新しい国語の教科書を手にすると、真っ先にぜんぶ読んでしまうくらい活字に親しんでいました。体を動かすことも好きでしたね。中学校でクラブ活動はしていませんでしたが、父が近所の子どもたちを家に集めて柔道を教えていましたので、私も稽古をつけてもらっていました。厳しい一面もあった父で、家の手伝いを怠けようとした時などは叱られましたが、勉強に関しては特にうるさく言われたことはありません。父も母も、家を継いでくれさえすればいいと思っていたのでしょう。将来は教員になるなどして地元に職を得て、実家が所有する里山を管理することになるだろうなと思っていました。

悩み多き高校時代が歴史との出会いで変わった

 高校は長野県高遠高等学校に進学しました。この頃は、いろいろと悩むことが多かったように思います。多感な時期でもありましたし、将来について模索しては諦めを繰り返していました。精神的なスランプを迎え、そこに思春期が重なったのでしょう。勉強に熱意が持てず、部活にも入らず、家と学校を往復するだけの日々がしばらく続きました。
 そんな私を変えたのが歴史との出会いです。高校3年生になり、歴史を調べ始めたことが転機となりました。興味を持ったのは、教科書に載るような有名な史実ではなく、地元に関する物事つまり地方史です。高校があった高遠町は、戦国武将・武田信玄(晴信)の五男で仁科五郎盛信という人が、26歳という若さで壮絶な討ち死にをした高遠城があった場所。そんな高遠にゆかりのある仁科ですが、実はあまりよくわかっていないのだと知りました。彼の母親についても不明なところが多く、私はそれが知りたくて調べることにしたのです。調査手帳
を作り、地元の史跡をめぐりました。少し離れた所では、長野県諏訪市にある墓地まで行きましたよ。調査が進むにつれ一つずつ明らかになっていく史実は、悩み多き思春期の私を導いてくれているようでした。
 歴史の調査にばかり夢中になり、大学受験については深く考えていませんでした。そんな時、担任で社会科担当だった有賀先生から「専修大学に設置されて2年目の史学科がある。

 

image

高校時代に始めた史跡めぐりは今でも好きですね。

すばらしい先生方が集まっているから、そこを受験してみなさい」と声をかけていただきました。有賀先生は、高遠の歴史とも深いかかわりのある桂泉院というお寺のご住職でもあり、私が地方史に興味を持つきっかけをくださった方でもあります。その先生がすすめてくださったのだからと受験をして、見事合格できました。今の私があるのは、この時の出来事のおかげです。史学科進学を反対していた両親を説得してくださったのも有賀先生でした。

ふとした疑問が研究テーマに

 私が専修大学に入学した当時、生田キャンパスの周辺で食事つきの下宿を探すのは大変でした。少し離れたほうにようやく見つけて、そこから歩いて通いました。各地方から出て来た学生たちと寝起きを共にしたのですが、様々な方言が飛び交ってなかなか興味深かったですね。
 高遠の歴史に興味を持っていた流れで、大学では中世史を学びました。古文書解読やレポートなどで厳しく指導いただいたのはいい思い出です。特に古文書解読の力がついたので、大変有り難かったですね。学部を卒業後も研究を続けたいと思いましたが、当時、専修大学の大学院には史学科がなかったので、立教大学大学院に進みました。
 大学院では、まず戦国時代の民衆史がご専門の藤木久志先生につきました。藤木先生のご指導は大変厳しかったのですが、史料を読む力がついたと思います。古代史を専門にしたきっかけは、大学院で古代日本の軍事がご専門の野田嶺志先生との出会いです。先生とは歳があまり離れていなかったこともあり、大変仲良くなりました。

 

image

大学時代の矢野先生(上:後列左から3人目、下:真ん中)

 私は古代の祭祀を研究テーマの一つにかかげています。神社の歴史や仏教史に興味を持ったきっかけは、子どもの時から抱いていた「家にはなぜ神棚もあれば仏壇もあるのだろう?」という素朴な疑問でした。ふと疑問に思ったことが人生に大きな影響をおよぼすことがあるのですね。
 古代、日本に仏教が伝来しました。そこで、仏様と、もともと日本にいた神様が一緒になって信仰されるようになりました。これを「神仏習合」と言います。ところが、当時、神仏習合の起こりがいつかを突き止める証拠がありませんでした。そこで、私は三重県桑名郡の多度大社まで行き、ある史料の調査にあたりました。その史料というのは、一度は神仏習合の起源を示す証拠になると言われていたのですが、内容と年号が合わないこともあり軽視されていたものです。それをよく読み返してみると、年号の数字が消えかかっていて、薄くなった部分が読めずに数字を誤読しただけだとわかりました。偶然の発見で、大いに驚いたのを覚えています。この史料の価値を問い直す論文が学会誌に採用されたことで、私も研究者としてやっていく自信がつきました。他の分野でも同じことが言えるかもしれませんが、偶然の発見から真実にたどりつく過程が、研究の面白さなのかもしれませんね。

人生を豊にする乱読のすすめ

 私はよく、中学生や高校生の皆さんに「本を100冊、ジャンルはなんでもよいので乱読しましょう」と言います。自分に何が向いているのかは、簡単にはわかりません。だからこそ、若いうちに幅広い経験をしておくことが大切です。結果その分野に進まないとしても、その経験はいざという時に必ず皆さんの力になってくれます。一人が経験できることには限りがあります。読書でなら、歴史上の人物や偉人の伝記、冒険物語を通して得るものがあり、それもまた皆さんの役に立ってくれます。
 江戸時代の人々、とりわけ手代や丁稚(商家の住込みの従業員)が読んだ本を調べると、源氏物語や徒然草の絵本が見つかります。昔の人たちは古典によく親しんでいたのがわかって、面白いですね。皆さんは、教科書に載っているほかに古典を読んだことがありますか? もし苦手意識を持っているのであれば、江戸の人々と同じように、まずは絵本や漫画などから入ってみるといいですよ。読書は人生を豊かにしてくれます。まずは1冊、手に取ってみてくださいね。

専修大学 21世紀ビジョン

 矢野先生は「時代のニーズに合わせた学問を常に提供する責任が大学にはあり、私たちは柔軟に対応する必要があります」ともおっしゃいました。
 専修大学では、21世紀ビジョンとして「社会知性の開発」をかかげ、優秀な人材を育む環境が用意されています。昨年完成した神田キャンパスの5号館には、最新設備がある教室の他、情報端末を配置したラウンジ、自習・ディスカッションルームを配した学習スペースなどを設置。授業機能に加え「考える・まとめる・情報を獲得する・交流する・表現する」といったアクティブ・ラーニングを促進するための学習支援機能を備えています。昨年5月には生田キャンパスに新たな国際交流の拠点となる「専修大学国際交流会館」が誕生しました。留学生と日本人が日常的に交流することでグローバルな人材を育成する教育寮となっています。

 

image

生田キャンパスの9号館(右)と21世紀ビジョンの取り組みの一つとして新設された10号館(130年記念館・左)

また、昨年9月より日本人学生と留学生とがルームシェアを行う「寮内留学プログラム」も開始。共同生活を通じて異文化理解や国際コミュニケーション力を深める機会となっています。この他、生田キャンパスでも学習支援機能を有する新校舎の建設計画を進めています。今後は、時代のニーズに沿った新たな学部の開設も予定されているようです。常に変化を続ける専修大学に注目していきたいですね!

Page Top