大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

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わたしの勉学時代

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1918(大正7)年に創設された社団法人電信協会管理無線電信講習所を起源に持つ、国立大学法人電気通信大学。2018年に100周年を迎える同大学では、学部・大学院の改組や、100周年キャンパス整備事業などの大きな変革を予定しています。今回は、2014年4月に学長に就任された福田喬先生にお話を伺いました。
先生のお話をきっかけに、皆さんの将来について考える機会を持ってみてはいかがでしょうか。

冒険小説やSF小説を読み想像を膨らませた少年時代

私は終戦直前の満州で生まれたそうです。その後、家族と一緒に日本に引き揚げて来て、福井県金津町(現あわら市)で暮らすようになりました。
ちょうどこの頃、2〜3歳当時のことはほとんど何も覚えていないのですが、1948年に起こった*1福井地震の断片的な記憶だけは鮮明に残っています。
当時住んでいた建物の土壁が壊れ、下地の竹組が見えて、その先に青空が広がっていたという印象的な光景です。命の危機でもあった強烈な体験だったので、幼いながらも覚えていたのでしょう。
福井市内に移り住んだのは5〜6歳の時でした。
小さい頃から体が弱く、外で遊ぶよりも本を読んでいることが多かった少年でした。裕福な家とは言えませんでしたが、本は好きなだけ読ませてもらえました。本屋に行って気に入った本を持ち帰り、代金は後で親が支払ってくれたという具合です。
このような環境にあったことは、大変有り難かったですね。当時は冒険小説に夢中で、とりわけSFや宇宙科学技術に関する内容が出て来ると、想像を膨らませてわくわくしたものです。

 

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7歳年上の兄も本が好きでした。
夏目漱石などの文学作品を好んでいましたね。

小学校時代の先生方との出会いも、本好きになった理由の一つでした。面白そうな本を紹介してくれたり、児童同士で読書体験を共有する目的で発表の場を設定してくれたりと、読書に興味を持つきっかけをつくってくださいました。

  *1 福井地震…1948年6月28日16時13分29秒に発生した、福井県を中心とする大地震。福井・石川両県の死者は3769人となるなど、甚大な被害をもたらした。

「県外の大学に進学したい」

小学生の時からずっと、理数系の科目が得意でした。特に算数・数学は、クイズやパズルゲーム感覚で問題を解いていたので楽しかったです。中学生になってからは英語も好きになりました。隣となりに住んでいたおじさんが、放課後や休みの日に英語を教えてくださったのです。
とても丁寧に指導をしてくださったので、英語を学ぶことが面白くなりました。これは後で聞いたのです が、そのおじさんは元教員だったそうです。面白いと思えるきっかけさえつかむことができれば、勉強は楽しくなると思います。
中学では軟式テニス部に所属していました。体が弱かった私ですが、鍛えられたおかげでしょうか、具合を悪くすることが少なくなったように思います。また、中学2年生の時には生徒会長も務め、充実した学校生活を送っていました。

中学生頃からでしょうか、県外に対する憧れが強くなりました。高校を出て大学に進学したい、大学進学後は県外で暮らしたいと思うようになりました。福井は、山も海もあり食べ物が美味しい豊かな土地ですが、冬は雪が深くて苦労もします。もっと賑やかな土地へ行ってみたいとも思ってい ました。
ところが、中学3年生の夏、学校の夏期講習会の最中に父が亡くなってしまいました。高校進学に際しては、先生が奨学金を探してきてくださるなど、サポートをしていただいたことを覚えています。中学卒業後に家業を継いだり、就職したりする学生も多かった時代。当時のことは詳しく覚えていませんが、今振り返ってみますと、高校に進学できたことは大変有り難かったと思います。

青春時代の思い出は登山 仲間と共に得た解放感と達成感

高校は福井県立藤島高等学校に進学、山岳部に所属しました。1年生の頃は体力がなく、先輩の後を追って歩くだけで精一杯でしたが、2年生以降は登山を楽しむ余裕が出てきました。春から秋口にかけて、ほとんど毎週、土曜日と日曜日は1泊して登山をしたものです。福井県内の山はほとんど制覇しましたし、
近隣の石川県にも遠征をしました。連休には*2立山連峰にも挑戦しました。登山の魅力は、苦しみを乗り越え頂上に到達した時の解放感、達成感に尽きると思います。綿密に計画を立て、仲間と力を合わせて目標に向かう過程があってこその感動です。高校時代に身長も伸びて体もしっかりとしてきたので、自信もつきました。
こうした勉学以外の経験も、青春時代には必要ではないかと思います。
 
学校の勉強をおろそかにしていたわけではありませんが、部活動に夢中になっていたこともあり、受験の準備は十分にはできませんでした。京都大学を受験したのですが一度目は失敗、京都での予備校生活を経て二度目で合格を果たしました。
京大を志望したのは、もともと県外の大学に憧れていたことに加え、兄の友人が通っていたからというのが理由です。学内の様子をいろいろと知ることができたので、入学後の生活を

 

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父が亡くなった後は、兄が入学式や卒業式、
三者面談などに参加してくれました。

思い描きやすかったのでしょう。また、その兄の友人が大学でアメリカンフットボールをしているというので、私も入学したらやりたいなと思っていました。
アメフトは当時、日本の国立大学では東京大学と京大だけでしかできなかったのです。大変憧れていて、合格発表のすぐ後、入学式も待たずに練習を見学に行きました(笑)。

  *2 立山連峰…富山県と岐阜県にまたがる山域。飛騨山脈(北アルプス)のうち黒部川の西側に連なり、剣岳、立山、別山、浄土山、黒部五郎岳だけなどで構成されている。

将来の自分について考える

皆さんは、将来の自分について真剣に考えたことがありますか? 私は、予備校生になってようやく「自分はこの先何がしたいのか?どういったことを学びたいのか?」を考えるようになりました。
一度目の受験の際には、ただ漠然と、理系が好きで細かい作業も好きだったので精密工学を志望しました。ところが、予備校生となって改めて考えてみると、工学は自分には向いていないのではないかと気づいたのです。
それで、二度目の受験では理学部に志望を変えたのですが、こうしてじっくりと自分と向き合い、志望学部のミスマッチを防ぐことができたのは幸いでした。将来像を具体的に、すぐに思い描くのは難しいかもしれません。
それでも、自分の好きなこと、やりたいことについて考える時間をつくることは必要ではないかと思います。
なぜ理学部を志望したかについては、いくつか理由があります。中学時代に話題になった南極地域観測隊について、印象深く記憶していたこともその一つです。また、高校時代に山岳部の活動で外泊した時、夜空を流れ星のように移動する人工衛星を眺めたことも、宇宙への興味につながっていました。南極や宇宙空間について学んでみたいと思うようになったのです。
私は地球電磁気学を専門としています。大学院時代は、その分野の第一人者であった前田坦先生に師事しました。大変恵まれた環境だったと思います。また、同じ時期に地球物理学者の加藤進先生とも出会いました。加藤先生は、とある集中講義で「昨日、君たちに教えたところだけれど、ここがまちがっていたよ」とおっしゃったことがあります。これが、私には大変な衝撃でした。
先生は、授業の内容をその日のうちに振り返っていたのに、私は復習のためにノートを見返すことすらしていなかったのですから。研究者とはこうあるべきだと思い知らされました。
ここで、私の研究を簡単に説明しましょう。例えば、オーロラが現れる高度 90〜130q辺りでは、通常の大気(中性大気)と自由電子などが漂ただよっているプラズマ化した大気(電離り大気)が混在しています。
そこでは、エネルギーのやり取りが活発に行われています。太陽光や粒子、電磁波などの様々なエネルギーは、その場所から地球に供給されます。私の研究は、その高度90〜130qにおけるエネルギー循環の環境を調べることです。地球・宇宙環境の変化の察知、人工衛星や宇宙ステーションなどとの通信などにつながる研究です。未解明なところも多く、今後さらに面白くなる分野だと思います。

困難な道にあえて挑戦する

電気通信大学の学生たちには、これからの世の中をリードしていく人材に育ってもらいたいと思っています。そのためにも「特に若いうちは、困難な道にあえて挑戦してほしい」と言っています。失敗を恐れて安全なほうばかりに逃げていたら、新しい発見にはなかなかたどり着けません。失敗や挫折は、若いうちにこそ経験していただきたいですね。
皆さんは、これから高校受験あるいは大学受験を経験することでしょう。合格のために力を尽くすことは大切です。ただし、受験そのものが目的になってしまわないように注意しましょう。自分は将来何をやりたいのか、どういったことに興味があるのかについて考え、その先に進学があるのが理想だと思います。また、「やるべきこと」と「やりたいこと」をしっかり区別できている人は、幅の広い、魅力的な人間になれるのではないでしょうか。

創立100周年に向けて

2018年に創立100周年を迎える電気通信大学では、2016年度より新しい教育研究制度をスタートさせる予定です。これに伴い学部・大学院が改組されます(文部科学省へ設置認可申請中)。受験希望者はしっかりとチェックしておきましょう。情報理工学部の学科がT類(情報系・定員210名)、U類(融合系・定員245名)、V類(理工系・定員235名)、そして14の教育プログラムとなります。また、医工連携(ロボティクス+通信制御+生体)など、複数の分野の横のつながりを強化することで、時代のニーズに合った新しい研究と教育に対応できるようになるそうです。
学生自らが段階的に専門分野を選択できる環境、積極的に学べる

 

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情報理工学部では、次世代に必要とされる分野に直結した技術を学びます。

環境が整います。この他にも、海外留学や海外の大学などとの連携を強化、海外インターンシップの推進にも力を入れることで、学生はグローバルな視点で活躍できる人材へと成長します。また、社会との連携・共生にも目を向けた100周年キャンパス整備事業も進行中。ホームページなどをチェックして、志望校選びの参考にしてみましょう!

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