大学の学長先生の勉強時代のインタビューを掲載。

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大学の学長、塾先生の勉学時代

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わたしの勉学時代

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国立大学法人千葉大学は、9学部を設置する他、附属図書館、医学部附属病院などをはじめ、様々な研究施設を擁する総合大学です。
また、西千葉、亥鼻、松戸、柏の葉はに4つのキャンパスがあり、国立大学屈指の教育・研究環境を誇ります。
今回は、同大学のご出身で、2014年4月に学長に就任された徳久剛史先生にお話を伺いました。勉強ばかりしていたという先生の中学・高校時代をのぞいてみましょう。

小学5年生から塾通い

私は墨田区向島で生まれ育ちました。家は東武鉄道の業平橋駅(現・とうきょうスカイツリー駅)のすぐ近く。近所を隅田川の支流が通り、家の裏には原っぱがあったのを覚えています。当時は下町の雰囲気を色濃く残していて、家の3軒隣の煎餅屋、 その先にあった駄菓子屋などは、いつも子どもたちで賑わっていました。
子どもの頃は、勉強よりも遊びに夢中でした。小学校から帰ると、カバンを放り出して友達と遊びに行ったものです。
ところが、小学5年生の夏、母に「毎週日曜日は進学塾へ行くように」と言われました。従兄弟が開成中学校に入学していたので、自分の息子もそこへ入れたいと考えたようです。それまでも習字教室とそろばん教室に通っていたのですが、塾へ行くためにすべて辞めさせられました。
教育熱心な母でした。小学生の頃の私は、家で予習復習をしなくても成績が良かったので、しっかり勉強をさせれば高いレベルの学校を狙えると考えたのでしょう。私はといえば、塾帰りに母が迎えに来てくれるのを楽しみにしていました。塾が終わった後の昼ごはんは、母が外食に連れて行ってくれたからです。
のん気なものでした(笑)。

 

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父が休みの日には、東京湾まで魚釣りに連
れて行ってもらいました。楽しい思い出です。

名門・開成中学校に入学 
優秀な級友との実力差を知る

開成中学校へ入るまでは、勉強で苦労したことはありませんでした。友達も「勉強を教えて」と言って、私の周りに集まって来ました。皆に頼りにされることが嬉しかったです。
ところが、中学生になると状況は一変しました。級友たちは私に頼らなくても勉強ができたのです。名門中学校に合格するほどの実力があるのですから当然です。
それまで誰にも負けなかった私の成績は、クラスの中ほど。親や小学校の先生方の期待を背負って入学したので、正直自信がありました。
それが、実はそれほどたいした学力ではなかったのですから、さすがに落ち込みました。
そこで、中学2年生からは意識的にテスト勉強を始めました。これまでの私であれば、考えられなかったことです。特に記憶力に自信がなかったので、2週間前から集中して自主学習をしようと決めました。
そして、試験範囲を繰り返し復習してテストに臨んだところ、成績が急に上がりだしたのです。中学3年生の2学期には、その成長ぶりを先生から褒められました。
私は、中高時代の仲間たちとの交流を通して、人には生まれ持った才能があることを知りました。親友の一人は抜群の記銘力を持っていました。英単語を瞬時に暗記してしまうのです。授業の内容を一度で理解できた同級生は、
常にトップの成績を維持していました。私は「生まれ持った才能があるのだから、優秀な同級生との間に学力差があるのは仕方のないことだ」と考えました。そして、だからこそ「圧倒的な才能の差があっても諦める必要はない」と思ったのです。
私は、得意とする持続力と応用力を活かした勉強方法で、地道に努力を続けることにしました。才能だけではない、高校までの努力が実力として開花する本当の勝負は、18歳以降、大学進学後だと考えたからです。所属していた柔道部も、中学3年生になって辞めてしまいました。
東京大学に合格するため、遊びもスポーツも封印しました。

何を学び、将来何になりたいか

開成高等学校に進学した後も、ひたすら勉強に打ち込む毎日でした。進路については、漠然と「東大の理科一類か二類を受験しよう。化学式が好きだから薬学研究も面白そうだ」と思っていた程度です。
ところが、高校2年生の時、同級生から「兄が東大に合格したけれど、親は兄が文系学部に進むと思っていなかったから怒っているんだ。受験し直すかもしれない」という話を聞きました。かなりショックでしたね。それまでは、東大に入学しさえすれば、皆が無条件で祝福してくれると思っていましたから、怒られる人もいるのかと驚いたのです。そして、この件を通して、大学の名前よりも学部選びが大切なのだと、はっきりと気づかされました。
それからは悩みました。「自分はなぜ大学へ行くのか? 何を学ぶために大学を目指すのか?」と考えてみても、なかなか答えは出ません。そんな時、仲の良かった同級生の一人が「医学部に行く」と言いました。
それを聞いて「自分も医者になろう」と思いました。他人の考えにつられたのではありません。「薬学を研究するよりも、薬を用いて苦しんでいる人を救う職業のほうが自分には向いている」と気づいたのです。
もともと頼られることが好きで、困っている人の手助けを進んでする性分でしたので、「医者はぴったりだ、医学部に進むしかない!」と思いました。雷に打たれたような衝撃が、体を貫いた瞬間でした。
医学部に進むためには、受験科目に生物が必要でした。化学と物理を中心に勉強してきたため、生物に変えたことで成績が落ち、進路指導の先生から「東大の医学部は人気がある。合格したいなら浪人を覚悟しなさい」と言われてしまいました。
親友たちからも浪人覚悟で一度は東大を受験すべきだとアドバイスされましたが、私は「医者を志すのに大学名は関係ない。医師免許に出身大学は書いていないだろう」と答えたのを覚えています。そうして自宅から通える国立の千葉大学医学部へと進学しました。
何を学び、将来何になりたいかを見定めての大学選びでした。

 

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「自分の目標に合った大学選びこそが大切だ」と高校2年の時に気づけたことは、大変な収穫でした。

大学入学と同時に”自分改革”

大学生になって、真っ先に“自分改革”に取り組みました。開成では勉強ばかりしていましたので、学問とスポーツを両立させたかったのです。ヨット部に所属して、厳しい練習にも耐え抜きました。
また、これまでの受け身の姿勢も改め、積極的にリーダーシップを取れる人間にもなりたいと思いました。クラス会の委員、議長などに手をあげて立候補しました。半年後、私を訪ねて来た高校時代の仲間たちが「徳久は変わったなあ!」と驚いていましたね。
後に専門分野となる免疫学と出合ったのは、大学3年生の時です。微生物学の講義で、人間にはウイルスや細菌から体を守る免疫システムがあることを知りました。ところが、当時は免疫システムについて不明な部分も多かったのです。私は「人間にとって大切なことなのに、その仕組みがわかっていないなんて」と驚きました。このことがきっかけで「将来は免疫学を研究しよう」と思いました。
大学を卒業した私は、まずは臨床の現場で、医師としての経験を積みたいと思いました。医師免許を持つ以上、十分な臨床経験が必要だと考えたからです。研修医の期間を終えると、私は国保旭中央病院での勤務を希望しました。諸橋院長のもとで学びたかったのです。
諸橋先生は多忙な方でしたが、私たち新人を厳しく育ててくださいました。また、患者の皆さんからだけでなく、医師や地域の人々からも大変尊敬されていました。先生から学んだことは数えきれません。医師とはこうあるべきだと、その背中で教えてくださいました。病院を離れた後も、諸橋先生からはたくさんのことをご教示いただきました。 
臨床医として働く日々は大変充実していましたが、一度免疫学を志したからには、 大学院に戻って研究の道に入るのだと固く誓っていました。
大学院時代にはアメリカ・スタンフォード大学への留学も経験することができ、さらに視野が広がったと思います。

 

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スタンフォード大学留学時の徳久先生。千葉大学のヨット部は大変厳しく、一緒に入部した1年生約50人のうち、夏休みの合宿を乗り切れたのはたった9人だったそうです。

思いっきり勉強しましょう!

関塾生の皆さんには、今の時期だからこそ、思いっきり勉強をしていただきたいと思います。志望校合格に向かってがむしゃらに勉強できる時間は、実は長い人生の中ではほんの一時です。「あの時、自分は一生懸命に勉強をしたんだ!」と思えたなら、
その経験は大人になってからも皆さんを支え続けてくれることでしょう。読書経験も皆さんの心を豊かにしてくれます。忙しくとも時間を見つけ、本を開く習慣を身につけてください。
そして、勉強や読書と同じくらい大切な存在は、友達です。今はインターネット上で顔の見えない関係が多いかもしれませんが、本音を言い合える仲間、大切に思える親友をぜひつくってほしいと思います。
教室でも部活動でも塾でも、どこでもいいのです。自分の考えを表現できる場が一つあれば、将来は意見をはっきりと発信できる、グローバル社会でも活躍できる大人になれるのではないでしょうか。
悔いのない勉学時代を過ごしてくださいね!

skipwiseプログラム

千葉大学では、「skipwiseプログラム」が、2014年に文部科学省のスーパーグローバル大学創成支援(SGU)事業に採択されました。
skipwiseは「飛考探留(飛び、考え、探究し、留学する)」を意味しています。学生たちは、コミュニケーションツールとしての英語力を育み、「国際日本学」で世界や日本の文化を知り、
語学研修やインターンシップなどを通して海外を肌で感じます。留学体験だけでなく、外国人旅行者への案内ボランティア、国際展開している企業や海外の日系企業でのインターンシップの機会が用意されているのも魅力です。また、同大学では、2016年4月より「日本発の新国際人」の育成を目的とした国際教養学部が新設されます。
グローバル社会に向けての幅広い進路選択が可能な学部ですので、気になる人はぜひチェックしましょう!

 

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skipwiseプログラムに深く関わっている「イングリッシュ・ハウス」内にあるサポートセンターのメンバーたち。外国人ゲストによる英語の講演会、英語での映画鑑賞会など、英語を効果的に学べる様々なイベントを実施しています。

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