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わたしの勉学時代

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2009年に創立60周年を迎え、「地域に根ざし、学び、究め、貢献する国立大学法人」としての取り組みに力
を注ぐ岐阜大学。国際化を展開しつつ、研究・教育の成果を地域に還元する「グローカル」を目指しています。
今回は、そんな同大学を卒業され、2014年4月に学長に就任された森脇久隆先生にお話を伺いました。
先生によれば、どのような職業にも必要なのが「国語力」だそうですが、その理由とは?

子どもの頃の思い出

私は兵庫県三田市の生まれです。三田牛に三田米、秋はマツタケ、冬は猪肉など、おいしい特産物に恵まれています。古くから交易で栄えてきた土地で、かつて城下町だったことを思わせる町並みも残っています。
市の中心部は、商店も多くて特に活気があり、人々で賑わっていました。三田の秋祭りといえば「だんじり(山車)」です。祭りは一月前から準備が始まります。町の子どもたちは、だんじりを磨き上げるのが仕事でした。
週末になると、一人っ子だった私を、父はよく神戸まで連れ出してくれたものです。 元町商店街で買い物をしたり、食事をしたりしました。子どもの頃の楽しかった思い出として、今でも記憶に残っています。

 

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神戸市には父が勤めていた会社もありました。

中学受験を経て父も卒業した三田学園に進学

私が通っていた三田小学校は、1学年2~300人ほど児童がいました。放課後は、校庭で友人たちと野球をして遊んだのを覚えています。
当時は進学塾はなく、家庭教師についている子どももいませんでした。私も他の子と同じく、とりわけ勉強熱心だったわけではありませんが、中学受験はするつもりでいました。三田市には、三田学園中学校・高等学校という中高一貫の私立学校があります。
100年以上の歴史がある伝統校です。父や親戚の多くがこの学校を卒業していたので、私も受験するのが当然だろうと思っていました。地元の学校だったこともあり、三田学園を受験する小学校の同級生も多かったです。
三田学園に合格した後、入学前に父から数学と英語を教わったことを覚えています。2教科の基礎を丁寧に指導してくれました。戦前、父は旧制第五高等学校(現在の熊本大学)から海外の大学へ進学しました。英語が得意だったのです。新学期前に英文の構造などを予習できたことで、授業にもスムーズに入っていけました。

音楽や映画が話題の中心

中学校や高校時代の友人たちとは、勉強の話はあまりしませんでした。学生たちの間で、なんとなく「勉強ばかりしているのはかっこわるい」という空気が流れていました。中にはこっそり自主学習に励んでいた人もいたかもしれませんが、その姿を見せないようにしていたと思います。
集まって勉強を教え合うこともありませんでしたね。音楽や映画、本などの話はたくさんしました。学校へ向かいながら友人たちと趣味について話したものです。私は、イギリスのロックバンド「ザ・ビートルズ」の曲を結成当時から聴いていましたし、映画『007』シリーズは第1作、第2作と映画館で鑑賞したほど好きでしたから、登校時間はとても楽しかったですね。読書は、趣味というより「文学作品を読むことは教養として当たり前」という雰囲気がありました。私も夏目漱石、森鴎外、島崎藤村の作品を読みましたが、現代文は苦手でした。
明快な答えを導き出せる数学の問題とは正反対でしたから。日本の文学作品以外であれば、海外のミステリーをよく読んでいました。
現在でもそうですが、三田学園は勉学だけでなくスポーツ教育にも力を入れていて、私が在籍していた当時も野球部が全国大会で二度も甲子園に行くなど活躍をしていました。そうした半分プロのような世界に入っていくことは考えられませんでしたので、6年間スポーツ部には所属していません。その代わり、学内の新聞を作る手伝いをしていました。
記事は皆で手分けして書きましたが、他にも紙面のレイアウトを考える仕事も引き受けていました。

 

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三田学園の新聞部は、地元の新聞社から指導を受けるなど、なかなか本格的な活動をしていました。

高校3年生の時、医学部を志望

勉強の面白さについては、中学時代から少しずつわかってきたように思います。わかりやすい指導をしてくださる先生方がいらっしゃったからです。理科の先生は板書が大変きれいで、要点がわかりやすくて好きでした。古典を教えてくださった先生からは、漢文を、返り点などの記号が付いていない、白文のまま読み下せるよう指導いただきました。漢文は声に出して覚えると効果的です。声に出していると、文章のリズムが体にしみついてきます。そうすると、記号がなくても書いてあることがわかるようになってくるのです。漢文は私が苦手としていた現代文とは違い、英文と構造が比較的似ています。
そういうこともあり理解しやすかったのでしょうね。おかげで、漢文は今でも白文のまま読み下しができます。
数学は中学時代も好きでしたが、高校生になると加えて世界史が好きになりました。 紀元前3000年あたりから世界各地の歴史を追っていくのが面白かったです。
特に、中央アジアでかつて栄えた文明には興味を持ちました。探検家スウェン・ヘディンの著書『さまよえる湖』をわざわざ買い求めて読み、砂漠を移動する*ロプノールの秘密に心を躍らせたものです。ただし、大学の進路を考えた時には、やはり理系学部が頭にありました。
高校2年生頃までは工学系の学部に進学したいと思っていましたが、3年生になって医学部を志すようになりました。親戚に医師が多く、身近な職業であったことが志望理由の一つです。
また、一生涯続けられる仕事でもあると思いました。
進学塾が周りになかった当時、自分一人で計画を立てて受験勉強を進めなければなりませんでした。5教科9科目が必須でしたので、統一模試を受けて結果を分析しつつ志望校を選定しました。
実家から離れた県外の岐阜大学を受験することについて、両親からは特に反対されませんでした。父は海外留学の経験がありましたし、母も神戸市の女学校を卒業していましたので、私が家から離れることに抵抗はなかったのでしょう。二人とも子どもの教育を重視していましたので、私に合った学習環境へ進むことに賛成してくれたのだと思います。
「あなたは一人息子なのだから、県内の大学に進学しなさい」とは一度も言われませんでした。

*ロプノール…タリム盆地(新疆ウイグル自治区)のタクラマカン砂漠にかつてあった塩湖。ヘディンは、タリム川の流れが大きく変わることによって、このロプノールの位置が南北に移動する説(「さまよえる湖」説)を提唱した。西岸にはシルクロードの要所だった都市国家・楼蘭があった。

充実した大学生活を送る

大学へは下宿先から通いました。片道30分ほどかかったと思います。故郷の三田市も大好きですが、岐阜市も歴史があり、自然も豊かで大変すばらしい所だなと感じました。
また、高校までは部活動をしませんでしたが、大学では医学部のテニス部に所属しました。岐阜大学の医学部には全国から学生が集まってきます。面白い人物が多くて、彼らと過ごす時間はとても楽しかったです。 面倒見のいい先輩たちにも恵まれました。長期休みの半分を合宿に費やすほど活発な部活でした。
休みの残り半分は、実家へ帰ったり、友人たちと旅行をしたりして楽しんだものです。北海道にも行きました。当時は飛行機のチケットが高額だったのに加え、青函トンネルの開通もまだでしたので、特急電車で青森まで行き、連絡船で北海道に渡りました。行き着くまで丸1日かかり大変でしたが、とてもいい思い出です。
大学には、優秀かつ個性的で魅力的な教授の方々がいらっしゃいました。海外の大学から戻ったばかりの先生は、最先端の知識を学生に惜しみなく話してくださったのを覚えています。また、解剖学担当の先生は、1949年に設立された岐阜大学で最初に教授職に就かれた卒業生でした。私たちは偉大な先輩に憧れのまなざしを向けたものです。
学問とスポーツを両立して、とても充実した学生生活を送ることができました。

全ての職業に必要なのは国語力

大学卒業後は、医学部附属病院の第一内科に入りました。担当の教授には、診察の初歩の初歩から丁寧に教えていただき感謝しています。おかげで、医療機器のそろっていない場所でも十分に診療を行える、確かな技術を身につけることができました。
医師の基本は、患者さんからよく話を聞き、しっかり診察することです。これは医師に限らないことで、どのような職業であってもコミュニケーション力は大切だと思います。コミュニケーション力を育てるには、国語力を磨くことが必要です。その国語力を英語に変換する力もあれば、さらにいいですね。
相手の言葉を的確にとらえ、自分の意見をまとめて上手に発信できる力は、国語をしっかり学ぶことで身につきます。正確な言葉の力を発揮するために、1時間でも30分でもかまいませんので、毎日読書する癖をつけてください。どんなジャンルの本でもいいので、活字に親しむことを心がけてほしいと思います。読書経験は、将来きっと役に立ちますよ!

岐阜大学「3つの力」

森脇先生には「これからは、卒業時にリベラルアーツ(大学における一般教養)の素養を身につけている人材、国際交流を自然体でできる人材を育てることが必要」ともお話しいただきました。岐阜大学では、このような人材を輩出するため、専門的な能力はもちろん豊かな人間性をつくる基盤となる「3つの力」を育てることを目標としています。3つの力とは①考える力(総合的判断力)②伝える力(コミュニケーション力)③進める力(自律的行動力)です。
先生が重要だとおっしゃった国語力にもつながりますね。また、同大学は世界16か国46大学1機関と学術交流協定を締結しています。留学しやすい環境であることに加え、300名以上の留学生を受け入れていますので、キャンパス内での国際交流も充実しているのが魅力です。

 

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留学生の受け入れにも積極的な岐阜大学

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