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わたしの勉学時代

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1905(明治 38 )年創設の名古屋高等工業学校に起源を持ち、2015年に創立110周年を迎えた国立大
学法人名古屋工業大学。日本屈指の工学系単科大学である同大学は、2016年4月より従来の専門学科を再編したり、学部・大学院の6年間を一つにした「創造工学教育課程」を新設したりと、新たなステージへ踏み出そうとしています。今回は、ご自身も名古屋工業大学ご出身である、鵜飼裕之先生にお話を伺いました!

人懐こくて、おっちょこちょい

私は名古屋市で生まれ育ちました。名古屋城のすぐ近くに住んでいた時期もあります。会社員の家庭で、二人姉弟の末っ子として少々甘やかされて育ったように思います。人懐こい子どもでしたので、周りからはかわいがってもらえていたようです。加えて、おっちょこちょいの一面もありました。1964年に開催された東京オリンピックの話題で持ちきりだった当時。小学生だった私は、体操選手の演技を見て、彼らの真似をしようと鉄棒に飛びついたところ、手が滑って落ち、腕の骨を折るという大失敗をしてしまったこともあります。
私の父は、工業中学校を卒業後、すぐに就職をしました。本心では、名古屋工業大学の前身である名古屋高等工業学校に進みたかったそうですが、兄弟が多く、家も裕福ではなかったため叶わなかったそうです。
今は亡き父ですが、私が名古屋工業大学の学長となったことを、きっと喜んでくれていると思います。

 

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子どもの頃は、年齢の違う友だちも多く、彼らと集まって石蹴りをしたり、秘密の場所を探検したりして遊びました。

野球チームで3年間補欠でも楽しかった思い出ばかり

小学生時代は、算数が得意で、また好きな教科でもありました。読書も好きでしたね。子ども向けの文学全集の他、伝記、歴史物語などに夢中になったのを覚えています。その頃には、付録つきの子ども用科学雑誌なども発刊されていましたが、そちらにはあまり関心がありませんでした。
この後、大学では工学部で学ぶことになるのですが、理科が特別に好きだったというわけではなかったのです。
苦手科目をあげるならば、体育でしょうか。私は3月生まれで、クラスメイトと比べて体力がなく、運動ではなかなか活躍することができませんでした。かけっこでも常に最下位でしたね。それでも体を動かすこと自体は大好きで、小学4年生からは学校の野球チームに所属していました。卒業するまでの3年間ずっと補欠ではありましたが、楽しかった思い出ばかりです。長い間レギュラーになれず、諦めてチームを去ってしまう子どもも少なくなかったのですが、私はそうした考えには至りませんでした。
楽しくて、楽しくて、少しでも試合に出られたら嬉しかったものです。レギュラーという成果は得られませんでしたが、夢中になれることがあるという喜びを感じていました。
現代においては、勉強にしても習い事にしても、見える成果だけを性急に求められがちです。しかし、夢中で取り組んだ経験こそ大切だと私は思います。“子どもが楽しめる環境”を周りが整えてあげることが、何より大切ではないでしょうか。

中学受験に失敗し、涙

両親は、姉や私の教育について、大変心を砕いてくれたと感じています。特に、母は今で言う“教育ママ”でした。私が自宅で勉強をしていると、家の入口に『ただいま裕之は勉強中』と書かれた張り紙を出していたそうです。
友だちが「遊ぼう!」と誘いに来て、私が勉強を中断することがないようにしていたのでしょう。私は後になって知りましたが、母の張り紙は、近所で有名だったようです(笑)。小学5年生の頃には、 近所の私塾に通わされました。
学校で教員をされていた方が開いていた塾です。私はそこで1年間ほど算数を勉強していました。
話の面白い先生で、存在感があり、大変魅力的な方だったのを覚えています。塾で勉強をするのが楽しくて、ますます算数が好きになりました。
小学校では、年に2回ほど校内で実力テストを実施して、順位を発表していました。
その結果をもとに、小学6年生の時、私を含め3人の同級生が中学受験をすることになりました。入試直前の放課後や週末には、 担任の先生の下宿先まで出向いて勉強したのを覚えています。周りのサポートのおかげで、準備はしっかりできました。
私が受験したのは、愛知教育大学附属中学校です。一次選抜の筆記テストは無事に通過しましたが、二次試験で落ちてしまいました。その二次選抜というのが、面接でも小論文でもなく、くじ引きだったのです。
この時は、さすがに泣きましたね。姉も同じくここを受験して、くじ引きも通過して合格していました。運も実力のうちなのかもしれませんが、やはり悔しかったものです。

 

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中学受験の面倒を見てくださった先生は、学校の野球チームの監督でもありました。私のことを、とてもかわいがってくださいました。

1年間の浪人生活の後 名古屋工業大学へ進学

受験に失敗した私は、公立の中学校に進学しました。人生初の挫折を味わったわけですが、そこで勉強を嫌いにはなりませんでした。大好きな数学については、授業の進度を追い越して、教科書を早々に勉強し終えてしまったほどです。水泳部に所属して練習にも熱心に取り組んでいました。天体観測に夢中になったのも中学生の時です。
屈折望遠鏡を買ってもらい自分で組み立て、初めて月を観察した時の感動は今でもよく覚えています。充実した学校生活を送っていたと思います。
中学3年生の時、進路指導の先生から、愛知県立旭丘高等学校を受験するように言われました。県内トップの進学校でしたが、先生が「大丈夫だろう」とおっしゃったので、安心して受験できました。二度目の受験は無事に合格できてよかったです。
中学校と高校では、勉強の環境がまったく違いました。同級生たちは皆優秀で、それ以上に大変個性的な面々でした。数学にはそれなりに自信がありましたが、高校入学後の順位は数学も含め下から数えたほう が早かったです。生徒のレベルが高いので、授業もそれに合わせたものでした。数学などは、大学の専門分野に匹敵するほど難しかったです。
苦手な英語や古文も大変苦労しました。 
実は、天体観測にのめり込んでいた中学生の時は、天文学者になりたいと思っていました。ところが、高校に入って、地学のテストで“赤座布団”を取ってしまいました。赤座布団とは、点数の下に1本赤い線が引かれているテスト用紙のことです。20点未満、つまり赤点(落第点)というわけです。
「私には天文学者は向いていない」と思った瞬間でした。この出来事以降、学問として究める分野には、単なる興味以上の意志や適性が必要だと考えるようになりました。 私にとって興味深く、なおかつ得意な科目は数学と物理でした。「得意分野を活かして、どのような学問を究め、将来はどういった仕事をしたいか」を考えた時、手に職を持った技術者になりたくて工学部を目指そうと思いました。
目標を定め、名古屋工業大学に進学するまで、すんなりといったわけではありません。*フロイトの本を読んで精神科医を目指そうと思うも、先生から「医学部に行くには学力が足りない」と言われたこともあります。別の志望大学を受験するも失敗し、1年間の浪人生活も経験しました。
*ジークムント・フロイト…1856~1939年。オーストリアの精神科医、精神分析学者。詳細な観察眼による数々の症例を後世に残し、精神医学や臨床心理学の基礎を築いた。

制御工学を学び、研究所の道へ

私は、卒業研究で岩住哲朗先生の研究室に入り、制御工学に携わることになりました。入学当初は手に職をつけて就職をしようと考えていたのですが、いつの間にか研究者の道に入っていました。先生には、学問の面白さを教えていただいただけでなく、名古屋工業大学に就職するきっかけもつくっていただき、大変感謝しています。
制御工学は、あらゆる分野で活用されています。私が携わった研究には、宇宙で用いる長大ロボットアームや自動車の電動パワーステアリングの制御もあります。最近では、電力システムの監視制御にも関わりました。制御という一つの切り口から、幅広い可能性につなげられるところが魅力です。
科学は、時に地球環境や人類に害をなす負のエネルギーを生み出します。技術を追い求める時、その道は避けて通れません。それを、いかに人類の役に立つ方向に修正できるかが、研究者の使命です。私は学長として、そういった“人間力”を備えた、正しい方向を導き出せる意志を持った研究者を、名古屋工業大学から輩出していきたいと考えています。

未来の扉と好奇心のカギ

若い皆さんには、ぜひ“未来”を目指してほしいと思います。未来は思い描いた通りにはなりません。行く先々にカギのかかった扉がいくつもあり、先が見えない。それが未来です。その扉を開けるカギは、皆さん自身の好奇心なのです。カギをたくさん持てば持つほど、扉の開く可能性は高くなります。カギを手に入れるためには、知識を増やすことです。新しいことを知れば、新しい発見があり、新しい興味がわいてきます。自分の引き出しの中に、たくさんのカギを蓄えておきましょう。皆さんの未来は誰かに決められるものではありません。
皆さん自身で扉を開き、手に入れるものなのです。

6年一貫教育課程の新設

名古屋工業大学では、2016年4月より、学部・大学院の6年間を一つの教育課程とする「創造工学教育課程」がスタートします。学部と大学院の壁を取り払うことにより、入学当初から大学院進学を目指す学生が、研究活動に注力できる環境が整います。また、下の図のように、同大学 が網羅するすべての工学分野を学ぶ機会があります。
1学年2名につき1人の「メンター教員」がつき、選択科目の相談や習熟度チェックのフォローをしてくれる点も魅力です。また、大学院では、国内外の大学、研究機関、企業等で研究開発に携わったり、国際会議で研究成果を発表したりする場も用意されています。大学で研究に打ち込みたいと思っている皆さんに、ピッタリの教育環境です。

※創造工学教育課程で学ぶ13の分野。1年次前期に、この中からメインとなる分野を選択します。1年次後期からは、多分野の研究室を数か月単位で体験する「研究室ローテーション」も始まります。

 

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