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わたしの勉学時代

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新興国が世界経済のカギを握る「グローバル新時代」。
その新時代を牽引する人材育成のため、横浜国立大学では留学制度を整えています。また、横浜・神奈川地域は、次世代のイノベーションの中軸となる可能性を
持つ一方、環境や少子高齢化などの課題も抱えており、それらの課題解決につながる地域連携にも積極的に取り組んでいます。今回は、そんな同大学の学長である、
経済学者の長谷部勇一先生にお話を伺いました!

寝具店の跡継ぎとして育つ

戦後復興期が終わりを告げ、高度成長期に突入した年。私は東京都北区豊島に生まれました。ちょうど隅田川が荒川から分かれている地域です。当時は、様々な企業の工場が並んでいました。
実家は下町の商店街にあり、寝具店を営んでいました。父は仕入れや経理などを担当し、母は店先で接客というのが常でした。母の接客は、「天才だ!」と思うほど素晴らしかったです。相手の心をつかみ、自然に買う気にさせる術を知っていました。
私もしばしば店番を任され、店先で「いらっしゃいませ!」と声をかけ、お客様の注文を受けると、値段を確認して販売していました。家業の手伝いは楽しかったです。
寝具店の跡継ぎではありましたが、少年時代は野球に夢中。巨人の長嶋茂雄さんが憧れの選手でした。将来はプロ野球選手になることを夢見て、毎日のように友達と草野球に汗を流していましたね。学校から帰るとランドセルを放り投げ、急いで原っぱに向かったものです。当時の東京には、広い原っぱがいくつもありました。

 

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草野球チームでのポジションは3番サード。当時は巨人の王選手と長嶋選手の「ON砲」全盛期で、子どもたちは皆、彼らに憧れていました。

塾がきっかけで勉強が好きに

父は多趣味な人でした。二眼レフカメラを愛用していて、行事ではもちろん、寝具店内での母と私の写真など日常の風景もたくさん撮って残してくれました。私には2歳下に双子の弟と妹がいます。父は、3人の子どもたちの成長の記録をしっかりと残しておきたくて、カメラを始めたのではないでしょうか。
そんな家族思いの父からは、非常に厳しく躾けられました。小学1年生の運動会で、徒競走で1番になれずに叱られた時のことは忘れられません。家に帰った後、「クラスで1番背が高くて体の大きなお前が、なぜ1番になれなかったんだ!」と言われ、物差しで頭をコツンと叩かれたのを覚えています。箸の持ち方などの作法にも厳しかったですね。
食事中に失敗してしまい、漫画のように“ちゃぶ台返し”をされたこともあります。父が厳しかったのは、長男の私に店を継いでもらいたかったからでしょうね。
勉強にはあまり積極的になれずにいたのですが、小学校高学年になって変化がありました。きっかけは塾です。その塾は家のすぐ裏手にあり、友達も入っていたので通い始めました。そこには、子どもたちから「ガンちゃん」と呼ばれる若い先生がいました。ガンちゃんは、映画『青い山脈』の登場人物からとった名前だったと聞いています。映画のキャラクターと同じように、優しくて面倒見のいい大学生でした。
放課後、ガンちゃんや仲間と一緒に宿題をする時間が楽しくて、中学校にあがる頃には勉強が好きになっていました。また、中学校では、憧れの野球部に所属しました。練習はとても厳しく、先輩と後輩の上下関係もしっかりとしていて大変でしたね。夏に引退した後は受験勉強に集中し、東京都立竹早高等学校に進学しました。

伝説の参考書との出会い

高校1年生の3学期、一冊の参考書と運命的な出会いをしました。
私は、数学や英語が得意な一方で、国語がまったくだめでした。1年次の最終成績は、国語だけが5段階評価の1。さすがにショックでしたね。長文読解で、よく「作者の気持ちを答えなさい」という問題があるでしょう。あれがどうしても苦手でした。作者の意図など、ただ文章を読むだけでは簡単に把握できません。意図を推測してみたところで、正解かどうか確信を持つことが難しく感じました。勉強の方法がわからずに悩んでいたところ、書店で偶然目に留まったのが、
伝説の参考書と呼ばれていた『新釈 現代文』(→25ページ)です。この参考書を通して、文章内の論の展開を正確に“追跡”する作業がカギだと知り、ようやく読書の意義を理解することができたのです。その後、国語の文学史の授業で読書をすすめられ、電車通学の時間で芥川龍之介や森鴎外などの作品を読むようになりました。
大学進学に際しては、はじめは商学部を志望していました。漠然とですが、「寝具店を継ぐために、商売に役立つ学問をしたほうがいいのだろうな」と考えていたからです。そして、大学を調べる中で、一橋大学の商学部に何となく憧れを抱きました。しかし、それを叔父に打ち明けたところ、「一橋大学へ行くなら、商学部よりも、世の中全体の流れを知るために経済学部に進んだほうがいい」と言われたのです。「なるほど、もっともなことだ」と納得しました。
大学受験の時は、予備校の夏期講習会や通信教育を利用して勉強しました。通信教育は、添削された答案が返送されて来ると大変励みになりましたね。また、毎週はじめに、学習計画を立てることも忘れませんでした。どうしても視聴したいテレビ番組があれば、その前に苦手な国語を終わらせるようにする。疲れが溜まっている就寝前に、好きな数学や英語の時間を確保する。
当時の日記を読み返すと、自分の性格を把握し、しっかりと計画を立てていたようです。

 

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『新釈 現代文』は最近復刊されたので買い求め、現在も手もとにあります。移動時間の読書は、大人になっても習慣として続いています。

世界初、マイコンで経済分析

大学入学当時、*オイルショックが日本を襲いました。円高不況であったところに追い打ちをかけるような出来事で、世の中が騒然としたのを覚えています。人々が、物価の上昇を恐れて買い溜めをしたため、店頭からトイレットペーパーや洗剤などの商品がなくなりました。夜はネオンサインも自粛。しばらくは深夜0時を過ぎるとテレビ放送も中止でしたね。経済はさらに低迷、戦後初のマイナス成長となり、高度経済成長は終わりを告げました。
高度経済成長期に育った私は、大変ショックを受けました。「資本主義では、経済は右肩上がりで、今後も成長し続ける」と信じていたからです。同じ頃、教養科目で数学や日本経済史を熱心に聴講しました。日本経済史を担当されていたのは、歴史学者の中村政則先生(一橋大学名誉教授)です。高度経済成長以前の、長い歴史における日本経済の見方を知る機会となり、視野を広く持つ必要性を実感しました。
オイルショックを経験したことがきっかけで、大学4年生の時に「大学院に行き、循環する資本主義経済を研究したい」と決意しました。景気低迷の中、家業の寝具店も安泰とは言い切れず、親も無理をして継がなくていいという考えになったようです。大学院では、登場したばかりのマイクロコンピュータ(マイコン)を使った分析に興味を持ちました。そこで、得意な数学を活かして連立方程式でプログラムを組み、マイコンで分析をする試みを始めたのです。
これが大変面白くて、毎晩遅くまで夢中になり研究を進めました。そして1984年、指導教官だった久保庭真彰先生と一緒に『マイコンによる経済学』を発表。コンピュータを経済学に利用した“マイコノミクス( Miconomics )”は、当時、世界初の試みとして多くの方に注目していただきました。この経済書は、海外でも翻訳版が刊行されました。
コンピュータと数学で、現実に起こっている経済問題を分析できるようになったことは、大きな前進だったと思います。私たちの研究がベースとなり、産業と経済、環境と経済などをテーマとして、膨大なデータを使った分析を試みる研究が進みました。
*オイルショック(石油危機)…第4次中東戦争をきっかけに石油価格が上昇、世界経済に大きな打撃を与えた出来事。

 

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七五三の時の思い出の写真(双子の弟妹の後ろに立っているのが先生)と、高校の野球部時代の先生(最前列右)。

自分の言葉で発信する「日本」

中国やインドなど新興国が大きく成長していますね。かつて戦後復興から高度経済成長を遂げた日本の姿と似ています。そして、かつての日本と同様、新興国では公害などの問題を抱えています。こうした新興国の問題を解決する知識や技術を提供することで、ひいては日本社会も安定していくのではないでしょうか。
アジアの技術先進国として、前向きな提案ができるような国内政策を考えていきたいですね。
皆さんは、今の社会をどうとらえていますか?  
これからの日本にどのような希望を抱きますか?  
インターネット上に膨大な情報があり、中には不安になることも書かれていますね。
そういった情報だけに流されずに、様々な知識や体験を通して、自分で考えた、自分の言葉で発信できる「日本」を、ぜひ持ってもらえたらと思うのです。
自ら発信できる何かを持つことは、論文や面接試験、大学での学びなどで、いずれ必ず役立つ時が来ますよ。

ヨココクの交換留学

横浜国立大学では、学生の国際交流を積極的にサポートしています。世界46の国・地域、157の交流協定大学へ、短期間のプログラムも含め派遣しています。
半年又は1年間派遣される交換留学生は、毎年約50~60名。交換留学中は休学の必要がなく、単位互換して4年間での卒業も可能です。奨学金制度、留学先での生活面・安全面のサポート体制も整っています。語学力を身につけるため、学内TOEFL集中講座も開催され、ネットラーニングも実施しています。また、「グローバルとローカル」を掲げる同大学では、地域との連携にも同時に取り組んでいます。環境や空間づくり、災害への備え、地産地消の推進、地域格差の解決など、グローバルな視点をローカルに活かし、 積極的に課題解決に取り組む人材が続々と育っています!

 

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留学を経験した日本人・留学生が協定校について紹介するなど、学内で留学生と交流できるイベントも盛りだくさんです。

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