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わたしの勉学時代

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群馬大学工学部のご出身であり、2015年4月より同大学の学長に就任された平塚浩士先生にお話を伺うかがいました。群馬大学工学部は、1915(大正4)
年に官立(国立) 桐生高等染織学校として開学、昨年100周年を迎えました。研究界、産業界に優秀な人材を多数輩出してきた学びの場で、先生は運命とも言える専門分野と出合われたそうです。
「学びの面白さ」について、教えていただきました!

技術者の父と教員の母

 私が生まれた三重県安芸郡河芸町は、現在では津市の一部になっています。野原や川があり、子どもの頃は思いっきり遊び回ったものです。石などで川の流れをせき止め、そこへフナを追い込んでつかまえました。それはもう、たくさん獲れましたよ。
バケツいっぱいになったフナをどうしたかというと、ニワトリを飼っている家へ持って行くんです。フナは、ニワトリのエサになるんですね。ですから売りに行くわけです。1人で行くと、10円のお小遣いがもらえました。2人で行くと、それぞれ10円ずつもらえました。10人では合計100円になりますね(笑)。子どもながらに知恵を働かせ、皆でおやつ代を稼いでいました。

 父は日産自動車に勤める技術者で、戦争中は航空隊で飛行機の整備を担当していました。本当はパイロットになりたかったそうですが、視力が悪かったか何かで諦めて技術者になったようです。手先が器用で、模型飛行機を作っていたのを覚えています。
母は小学校の教員でしたので、共働きの家庭でした。私が生まれたばかりの頃は、隣家のおばさんに預けられたと聞いています。お乳の時間になると、母が勤める学校まで連れて行ってもらったそうです。地域全体で子どもを見守り育てることが、当時は珍しくありませんでした。
 幼い頃の私は、体が弱く幼稚園を休みがち。おまけに給食が大嫌いで、あまり登園したがりませんでした。当時は牛乳給食ではなく、脱脂粉乳が出されていました。これが本当に美味いしくないのですが、給食なので残せません。食べ終わるまで席を立たせてもらえなかったことも、苦痛で仕方ありませんでした。
 そんな私が、小学校進学後は皆出席でした。理由は、同じ学校、しかも隣となりのクラス
の担任が母だったからです。子ども心に「先生の息子が、学校を休むわけにはいかないな」と思ったんですね。相変わらず給食は苦手でしたが、がんばって登校しました。小学校進学は、私が変われた一つのきっかけになったと思います。母は、次年度になって別の学校へと転勤になりました。

 

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忙しかった両親の代わりに、6歳下の弟の面倒を見ることもしばしばありました。

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幼稚園の頃の駒田先生。
幼い頃は、食べ物の好き嫌いがたくさんあったのだとか。

集中して、やり遂げる性格

特技と言えるかわかりませんが、昔から“ 模写”が大好きでした。例えば、図鑑に載っている戦艦の絵であれば、艦首から一気に写していくのです。イナゴなどの虫の写真も模写しましたよ。細部まで漏らさず写したので、新しい発見がたくさんありました。一度始めたら、描き終わるまで絶対に集中を切らしませんでした。描き終わって、手本にした絵や写真と見比べた時、そっくりだと本当に嬉しかったですね。医学部時代も、顕微鏡で観察したものを写していました。
 昔から集中力はあったと思います。夢中になると、必ずやり遂げる性格です。歴史の年表作りにも挑戦したことがあります。紙を継ぎ足しながら最後まで書ききったら、なんと10mにもなる巻物が完成したんです。夏休みの宿題として学校に持って行ったのですが、先生にも驚かれました。私もここまでの大作になるとは予想していなかったので、完成後は肩を痛めたり、寝込んだりと大変でした(笑)。
 その集中力は、朝方の勉強にも活かされていたと思います。今でもそうですが、ずっと早起きが習慣です。朝は6時前には起きて、勉強時間などにあてていました。負けず嫌いでもありました。中学生の時、ある高校の入試問題を見た先生が、「この問題は難しい。中学生の力では解けないだろう」とおっしゃったことがあります。それが悔しくて、悔くやしくて。「高校の入試問題だから、解けないはずはない!」と奮起して挑戦し、自力で解きました。やり遂げた時は、本当に嬉しかったですね。

個性的な仲間たちに囲まれて

 私が進学した高校は三重県立津高等学校です。文武両道の進学校で、個性的な先生や同級生がたくさんいました。校内実力テストの直前には、「実力を試すのだから、その場しのぎの知識を詰め込んでも仕方がない!」と言って、皆で草野球をしに出かけた思い出もあります(笑)。政治や社会問題から、クラスの女子についてまで、いろいろと話をしました。
 高校時代、特にバレーボール部での経験は、私にとって何物にも代えがたい宝物です。バレーボールを始めたのは中学進学後からです。体が弱かった私に、母が「運動部に入って鍛えなさい」と言ったことがきっかけでした。津高校のバレーボール部は、県大会で優勝したこともある強豪チームです。高校3年生の夏休みまで練習していましたので大変でしたが、とても充実していました。
 医学を学びたいと考えるようになったのは、高校1年生からです。幼い頃に祖父の死を経験して、人の生死についてしばしば考えていました。また、私自身も体が弱かったので、病院に行く機会も多かったです。それらが医学を選択するきっかけになりました。初めは歯科医を目指そうとしていました。虫歯を抜いてもらって痛みがすっかり治ったことがあって、「歯医者ってすごい!」と思っていたんです。そこから、体の内側を治療する分野へと徐々に興味が移っていきました。母からは「地元の大学に行きなさい」と言われていたこともあり、三重大学医学部への進学を決めました。

 

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中学高校時代は数学が特に好きでした。
高校3年生の時、東大生だった友人のお兄さんから教科書を借りて勉強していました。

悔しい経験を研究につなげる

専門に小児に科を選んだのは「将来を担う命を救いたい」と思ったからです。三重大学小児科では2人の恩師と出会えました。
井澤 道先生(三重大学第6代学長)は温厚な方で、患者の子どもたちには優しいのですが、私たちには大変厳しかったです。先生のもとで実験や論文のすべてに全力を注ぎました。櫻井 實先生からは「何事にも100点はない。必ず存在するはずの1%の不足や欠点を見逃さず、真摯に向き合いなさい」と教えていただきました。両先生から厳しくご指導いただき、医師としての心身を鍛えることができたと思っています。
 研修医となってからは、子どもたちの純さに感動し、その順応性や回復力に驚かされる日々でした。ところが、病院勤務を始めて2か月ほど経った頃、担当していた心臓病の患者さんが亡くなってしまったのです。「こんなに若い命が失われるのはおかしい。絶対におかしい!」悔しくて、悔しくて、泣きに泣きました。今でもそうですが、当時は特に医療技術が病気に追い着いていないことが多く、手立てを尽くしても助けられないことがありました。「悲しい結末を少しでも減らせたら」と思い、櫻井先生にすすめていただいた“小児がん”を研究テーマに選びました。そして「研究をするなら、最先端の環境がいい」と考え、アメリカ留学を決意したのです。
 テネシー州のSセント・ジュードt.Jude小児研究病院には2年半の間いました。留学資金は、最初の1年はロータリークラブの奨学金、残りの1年半は病院のコンペを勝ち抜いて得た奨学金でした。実は、留学したばかりの頃は、研究室が決まっておらず暇でした(笑)。そこで、病院の研究者全員とアポイントを取って面談したんです。他にやることがなかったですからね。相手からは「変なやつが来たな」と思われたかもしれませんが、おかげで研究室が決まった後も、顔見知りになった方々から何かと手助けしていただきました。留学を通して、研究の土台をしっかりと築けたと思います。アメリカの研究環境を学び、それを三重大学に取り入れられたことも大きかったですね。大切な経験をさせていただきました。

自分だけの宝物を大切に

若い皆さんは、これから様々な物事を体験することでしょう。その時に、自分で感じたことや考えたことを、ぜひ大切にしてほしいと思います。「自分はこうしたい!」という志や希望が抱けたなら、それを大切に育ててみましょう。自分の内側から湧き出てきたものは、誰の真似でもない、自分だけの宝物です。周りから「向いていないんじゃないか」「リスクが大きいのではないか」と言われても、「自分が信じた道だから、やり遂げたい!」と思えることがあるなら、失敗を恐れずに進んでみてほしいのです。それが、つまりは“自分を大切にする”ことではないかと、私は思います。

三重大学の新しい教養教育

 三重大学では、2015年度より新しい教養教育がスタートしました。学部の枠わくを越こ え、1年生全員が学ぶ共通カリキュラムを設けたことが特長です。特に、自じ 律りつ的・能のう動どう的学習力の育成を目指す1年次前期のアクティブ・ラーニング「スタートアップセミナー」は、全国から注目を集めています。このセミナーでは、特定のテーマに基もとづいて
グループで問題を発見し、その解決方法を議論して、結果をプレゼンテーション。学問の基本的な方法を知ると同時に、社会に出ても必要となる「聞く」「話す」力を伸の ばします。また、グローバル化人材の育成を目指す「英語特別プログラム」では、通常の英語の授業の他、ネイティブ教員による授業、さらには通常の講義科目の一部も英語で行われます。1年次の春休みにはイギリスでの短期研修に参加でき、実じっ践せん的な英語を身につける機会になっているそうです。地域に根ざし、世界で活かつ躍やくできる人材を育てる教育環境が整っていますね!

 

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「スタートアップセミナー」
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