- 今月のタイムス特集②
漢字ばかりで難しそう、という印象かもしれませんが、字数が少なく、ルールに従って作られている漢詩は、少し慣れれば簡単に読むことができます。内容も風景や感情を詠んだ素朴なものが多いので、漢文よりもずっと意味が取りやすく、親しみやすいです。独特のリズムのコツを掴んで、漢詩の世界を楽しみましょう!
形式…4行の「絶句」と8行の「律詩」があり、それぞれに1行が5字の「五言」と7字の「七言」があります。
押韻…決まった行の最後(図の●)を同じ音の響きを持つ漢字で揃え、美しいリズムを作ります。
対句…表現や意味が対になる句を並べます。
漢詩は1行をさらに短く切ることができます。基本的に、五言詩では2・3字、七言詩では2・2・3字または4・3字で意味が切れるようになっています。
書き下し文や現代語訳と照らし合わせると、意味の切れ目がよくわかりますね。
このように、漢詩は無理して1行を一気に読む必要はありません。難しく考えず、とりあえず最初の2字で意味が切れるかを試してみてください。
では、これらのポイントをふまえながら実際の詩を読んでみましょう!
書き下し分 江碧にして鳥逾よ白く 山青くして花然えんと欲す 今春看す又過ぐ 何れの日か是れ帰年ならん
現代語訳 川は深緑色で、鳥はひときわ白い。山は緑色で、花は燃えそうなほど赤い。今年の春もみるみるうちに過ぎてしまう。いつになったら故郷に帰れるのだろうか。
五言絶句の名作を集めました。たった20字に込められた豊かな情景を楽しみましょう!
書き下し文 白髪三千丈 愁いに縁りて箇くの似く長し 知らず明鏡の裏 何れの処より秋霜を得たる
現代語訳 (私の)白髪は三千丈もあるだろうか。愁いのためにこんなに長くなってしまった。知らないうちに曇りのない鏡に映っている、秋の霜(のような白髪)をどこで身に付けたのか。
解説 白髪を見て老いを嘆く詩ですが、三千丈は約9千メートル、いくら何でも長過ぎますね。もちろん誇張表現です。作者の李白は「詩仙」と呼ばれ、自由奔放な作風で絶句の名手として知られています。対句が得意な律詩の名手で「詩聖」と呼ばれる杜甫と並び、中国最高の詩人と名高いです。
書き下し文 月の耀くは晴れたる雪の如し 梅花は照れる星に似たり 憐れむべし金鏡転じて 庭上に玉房の馨れるを
現代語訳 月の光は晴れた日の雪のようだ。梅の花は照らされる星に似ている。すばらしいことだ、金の鏡のような月が巡って。庭では玉のような花房の梅が香っている。
解説 月の夜に梅の花を見る情景を詠んだもの。阿古は幼名、作者は学問の神様として知られる菅原道真です。これは道真が初めて作った詩で、なんと11歳の時の作品です(現在の9~10歳)。平安時代、漢詩は教養のひとつでしたが、道真は別格でした。梅の花を愛した道真らしい詩ですね。
書き下し文 君に勧む金屈巵 満酌辞するを須いず 花発けば風雨多し 人生別離足る
現代語訳 君に金の杯を勧めよう。なみなみと注いだ酒を遠慮する必要はない。花が咲けば(散らしてしまう)風や雨が多いものだ。人生は別れに満ちている。
解説 友人との別れの場面を詠んだもの。作者の于武陵については詳しいことがわかっていません。あまり有名な詩人ではなく、作品数も多くありませんが、この詩は井伏鱒二による名訳で日本では広く知られています。
于武陵の「勧酒」は知らなくても、「人生別離足る」を現代語に訳した「さよならだけが人生だ」のフレーズは聞いたことがあるという人、多いのではないでしょうか?
井伏鱒二訳
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
井伏鱒二の『厄除け詩集』には、この詩を含め17首の訳詩が収録されています。これらは完全なオリジナルではなく、江戸時代の『唐詩選和訓』という訳詩を参考にしたものであることがわかっています。その中で「勧酒」は、『唐詩選和訓』の訳「サラバ上ゲマショ此盃ヲ トクト御請ケヨ御辞儀無用 花ノ盛リモ風雨ゴザル 人の別レモコノ心ロ」と比べても独自性が明らかで、名訳とされています。
こうした漢詩の現代語訳が発展するのは近代以降、西洋文学の翻訳が行われるようになってからで、きっかけとなったのは森鴎外らが作った訳詩集『於母影』です。西洋詩を七五調の日本語に訳した詩集ですが、西洋詩を漢詩に訳した詩や、漢詩を現代語に訳した詩も収録され、後世の文学に大きな影響を与えました。
漢詩は中国で生まれたものですが、日本でも古くから親しまれ、日本文化のひとつとして受け継がれています。奈良時代には既に漢詩集が編纂されており、近代以降に現代語での新しい形式の詩ができるまで、詩といえば漢詩のことでした。
そもそも、漢詩や漢文という言葉自体が日本で生まれたものです。中国では漢詩とは言いませんし、漢文とは漢の時代の文学作品のことを言います。漢詩や漢文に送り仮名や返り点を補って日本語の語順で読む訓読法も古くから存在しており、当時の日本人にとっては身近なものでした。
菅原道真などの学者だけではなく、空海などのお坊さんや上杉謙信などの武士まで、様々な人が漢詩を残しています。最盛期は江戸時代であり、近代以降は西洋化の影響で衰退してしまったとされていますが、近代の文豪である夏目漱石なども優れた漢詩人として知られています。
このように漢詩は中国から伝わり、日本文化のひとつとして発展してきました。だからこそ今でも日本の古典として国語の授業で習うのです。