- 特集①
AI(人工知能)とは、コンピュータに知的な作業を行わせる技術のこと。近年はAIを搭載したロボットの開発が進んでいます。AI技術が進歩したことで、ロボットが自分で判断し行動できるまで進化していますが、一方で実現が難しいのが、AIに「感性」を持たせること。人と同じように感情を表現したり、人に共感したりするAIをつくるのは、至難の業なのです。
この課題に取り組まれているのが、電気通信大学の坂本真樹先生です。坂本先生は、日常的によく使うオノマトペ(ふわふわやゴロゴロのような言葉)に着目し、感性を評価するシステムを開発。オノマトペが理解でき、さらには人の心に寄り添えるAIの実現を目指されています。研究について詳しくお話を伺いました。
「人工知能」という言葉が初めて登場してから65年。急速に進化したAIはスマートフォンや家電、自動車など様々な商品やサービスに取り入れられ、活用が進んでいます。最近はAIを搭載した家庭用ロボットが次々に登場し、AIは身近なものになりつつあります。
まずは、坂本先生がAIの研究を始められたきっかけから伺いましょう。
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今、辞書に載っているオノマトペの数は約4500語、このうち、普段よく使うものは数百程度だと言われています。これらの言葉をコンピュータでどう扱うかを考えて考案したのが、オノマトペを数値化する方法です。「ふわふわ」は、かたさ・やわらかさの度合いで表すといくつ、暖かさのレベルはこれくらい……というように、「ふわふわ」から感じる印象を数値で表すのです。こうすることで「ふわふわ」を客観的に評価できます。
私が開発したのは、それぞれの言葉がまとっているイメージ「かたいか/やわらかいか」「湿っているか/乾いているか」「弾力があるか/ないか」など全部で43の尺度を使ってオノマトペを数値化するというもの。このシステムにオノマトペを入力すると、言葉の子音や母音、繰り返しかどうかなどをAIが機械的に読み解き、項目ごとに解析した結果を数値で表示します。
「さらさら」「もふもふ」を入力した結果が、下のグラフです。
既存のオノマトペを数値化するだけではなく、希望するイメージに合う新しいオノマトペをつくり出す「オノマトペ生成システム」も開発しました。どんな印象のオノマトペをつくりたいかを、例えば「明るい度3」などと入力すると、その印象に最適のオノマトペをAIが考えてくれます。
例として、「もふもふ」よりもやわらかく暖かい印象の言葉について、このシステムにかけたところ、「もふもふ」「もふりもふり」「もふっ」「もふん」「もっふり」「もふー」「まふまふ」「むうぅむうぅ」が挙がりました。1位はやはり「もふもふ」だったので、やわらかさと暖かさでは、「もふもふ」は最強のオノマトペなのかもしれません。
新しいオノマトペでも、ただ適当に音を組み合わせただけで共感が得られないものは広まっていきません。「もふもふ」は十数年前にできた比較的新しいオノマトペですが、親しみのある言葉としてすっかり定着しています。オノマトペは、長さを限定しなければ無限につくることが可能です。人もAIも新しいオノマトペをどんどんつくって、豊かなコミュニケーションがとれるようになると楽しいですし、そんな未来になってほしいですね。
AIが急速に進化したのは2012年頃から。それまでは「AI=人工知能」とわかる人はあまりいませんでした。それがこの10年で一気に認知度が高まり、AI技術は飛躍的に向上しました。そして今後、さらなる進化を遂げてロボットへの活用が進めば、私たちの生活はどう変わっていくのでしょうか。AIと人間がうまく共存できる未来について考えてみましょう。
電気通信大学は理工系の大学なので、言語学を深く掘り下げて研究するには、文系の手法でアプローチするのではなく、コンピュータで扱えるように数値化する必要があります。学生と一緒にその方法を探る中で思いついたのが、人間と同じように言語を理解できるAIがつくれないだろうかということです。それも、「私たちが普段よく使っている感覚的な言葉“ふわふわ”とか“さくさく”などのオノマトペがわかるAIができたら楽しいんじゃない?」。こんな発想からAIの研究を始めました。
ですから、最初から「よし、AIの研究をしよう!」と始めたのではなく、言語学の研究を続けるうちに、気がついたら後付け的にAIを研究していたというのが本当のところです(笑)。
AIの研究には大きく2つの方法があると思います。1つは人間のようなAIをつくること。もう1つは、人間の能力をはるかに超える情報処理能力を持つAIをつくることです。例えば、超高速で間違えずに計算ができたり、大量のデータを記憶できたり、チェスや将棋、囲碁で人間に勝てたりする――そんなAIです。
皆さんの中にAIを研究したいと思う人がいたら、まずはどんなことができるをつくりたいかを自由に発想してください。「こんなことがやりたい!」と考えるのは理系も文系も関係ありません。AIにさせたいことが決まったら、それを実現するためにはどんなやり方があるのかを勉強しましょう。自由で豊かな発想力を発揮して、「こんな未来になったらいいな」と思うことをいろいろと考えてみてくださいね。
もしかしたら将来は、「人間社会」という言葉がなくなるかもしれません。どういうことかと言うと、“人間だけで構成される社会ではあり続けないかもしれない”ということです。AIの進化によって、ヒトなのかモノ(機械)なのか、はっきりと区別できないような存在が生まれる可能性があり、その存在を社会の一員とみなすとしたら、人間だけの社会ではなくなることもありうるのです。
その存在は、ドラえもんのように人間とスムーズに会話をし、のび太君の気持ちを理解して共感し、教育的指導もできる――そんなロボットかもしれません。ドラえもんのようなAI搭載ロボットは、ポケットから道具を出す機能を除けば、2030年頃には完成できるのでは、と思っています。
お話ししたように、私は人の気持ちに寄り添えるようなAIをつくり出せたらいいなと思って研究をしています。話し方のトーンで人の心を読み取れたり、微妙な言葉のニュアンスを汲み取ったり、冗談をわかったりすることができたら、「AIに悩みを相談する」こともありえますし、もしかしたら人間よりAIの方が親身になって話を聞いてくれる――そんな時代が来るかもしれません。
でも、AIに頼りすぎるのも良くないので、人間が困った時にできないことを助けてもらったり、ミスしたところをカバーしてもらったりしながら、うまく共存していければいいですね。
「2030年くらいにはドラえもんのようなロボットができているかも」とお話ししましたが、2030年というと『関塾タイムス』を読んでいる皆さんが大人になっている頃ですね。この頃には、どの家にもロボットがいるのが当たり前になっているかもしれません。今はまだ価格が高いので簡単に買えませんが、価格が下がれば、ペットを飼う感覚で“一家に一台ロボットを”と気軽に迎えられるようになると思います。
日本は一人暮らしの高齢者が増えていますが、ロボットが高齢者の生活をサポートしたり話し相手になってあげたりできれば、とても安心ですよね。一人暮らしで病気になった時、病院に行けず薬を買いにも行けない――こんな時にもロボットがいてくれたら、どれほど心強いかわかりません。ロボットは寝なくても平気ですから、気を遣う必要もなく、早朝でも真夜中でも24時間ずっと見守ってくれる、そんなありがたい存在になるでしょう。
こんな風に、ロボットが身近にいることが普通になる時代が、もうすぐ訪れると思います。
教育現場にもAIを取り入れていじめ問題の解決に役立ててほしいと考えています。
いじめの問題が起きた時、“いじめられていたことに先生が気づかなかった”という話をよく聞きます。いじめが巧妙だから気づきにくいこともあると思いますが、こういう時にAIを活用するのです。AIがいじめのパターンを学習しておけば、いじめの現場を見つけたら、「いじめられている」とすぐに察知し、先生に伝えることができます。将来的には、AIが自発的に行動し、いじめを解決するように振る舞うこともできるかもしれません。
一人ぼっちでつらい時に、ロボットが寄り添って一緒に給食を食べてあげる、人には言えないことをAIが聞いてあげる――こんなことでも、孤独で苦しい思いをしている子どもには大きな心の支えになります。人間では解決するのが難しい問題を、AIの力を借りて解決に導くことができればいいなと思います。
AIができることはたくさんあって、その活用範囲はこれからますます広がっていくでしょう。皆さんが社会に出た時、人間と自然に会話ができたり、うまくコミュニケーションがとれたりするAIが完成して、今よりもっと快適で、便利で、楽しい生活が送れるように、これからもAIの研究を続けていきます。
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私たちは日常的に、見たり聞いたり味わったりして感じた感覚を、いろいろな「オノマトペ」を使って表現しています。「オノマトペがわかるAIができたら、もっと人間に近づけて、人の気持ちに寄り添えるAIになるのでは?」とおっしゃる坂本先生。どんな研究なのか具体的に教えてもらいましょう!
現在、AI搭載ロボットが様々な分野で活躍しています。最終的には、何でもできるあらゆる機能を備えたロボットが完成するのが理想ですが、実際は、計算や記憶などでは人間をはるかに凌ぐ力を発揮できても、どんなことも完璧にこなせる万能のロボットができるには、まだ課題が多いのが現状です。
今のAIに欠けているものの1つが「感性」です。感性をわかりやすく言うと、「見る(視覚)、触る(触覚)、聞く(聴覚)、味わう(味覚)、においを嗅ぐ(嗅覚)の五感を通して、いろいろなことを感じ取る能力」のこと。私たちは五感で知覚した感覚を、オノマトペを使って表現することが多いですよね。例えば、「夜空に星がキラキラ瞬いていた」「ラーメンはさっぱりした味よりこってりした味が好き」「久しぶりに友達に会えると聞いてウキウキした」などというように。日本語はオノマトペが多い言語だと言われています。
残念ながら現状のAIではまだ感性を充分に知覚できませんが、オノマトペのような感覚的な言葉がわかるAIができれば、人間ともっとわかり合うことができて、AIと人間がうまく共存できるようになるのではないでしょうか。
高校生の頃に興味があったのは、コンピュータや機械ではなく、人間が言葉を話す能力についてです。それを学びたくて東京外国語大学へ進学しました。特に関心を持ったのは、人間が感じたり考えたりしたことを言葉で表現したり、人が話した言葉の意味をきちんと捉え、理解できたりする能力について。“脳の神秘”とも言うべき人の言語認知能力について深く知りたいと思いました。
口から発せられる言葉は、空気の振動で生まれるいわば音の信号ですよね。単なる音の信号を意味のある言葉として認識し、理解できるのはすごいことだと思うのです。それで東京大学大学院で言語情報科学を専攻し、さらに言語学の勉強を続けました。ですから、研究の入り口は文系なんです。博士課程修了後、東京大学の助手になり、その後、電気通信大学に講師として就任しました。
私の研究は、言葉など文系のものを対象にしていますが、その解析に理系の技術を使うのが特徴です。文系の言語学に情報技術を適用することで、文系と理系どちらの専門家にもできない独自の研究ができるのではないか――こう思ったことが研究の出発点です。