• 特集①

2024年6月号特集① 孤独がなくなる未来をつくりたい!

 皆さんはプログラミングを学んで、どのようなことがしたいですか? ロボットを開発・研究している、株式会社オリィ研究所の吉藤オリィさんは、“孤独をなくす”ことを目指しています。
 ロボットと聞くとAI(人工知能)によって動くイメージがありますが、吉藤さんがつくっているのは、AIではなく人が“分身”として動かすロボット「OriHime」です。不登校だった中学生の頃にプログラミングに触れ、学びたいと思う先生に出会えたことで、高校受験を頑張れたという吉藤さんに、受験勉強のエピソード、OriHimeに込めた願い、プログラミングの魅力など、様々なお話を伺いました。

分身ロボット 「OriHime」とは?

 下の写真の白いロボットがOriHimeです。まずはどのようなロボットなのかを見てみましょう。

吉藤 オリィ さん
本名:吉藤 健太朗。1987年奈良県生まれ。
株式会社オリィ研究所共同創設者代表取締役CEO。ロボットコミュニケーター。
小学5年から中学2年まで不登校。高校時代に電動車椅子の新機構の発明に関わり、2004年の高校生科学技術チャレンジ(JSEC)にて文部科学大臣賞を受賞。翌年にアメリカで開催されたインテル国際学生科学技術フェア(ISEF)に日本代表として出場し、グランドアワード3位に。高専で人工知能を学んだ後、早稲田大学創造理工学部へ進学。自身の研究室を立ち上げ、不登校の体験をもとに、対孤独用分身コミュニケーションロボット「OriHime」を開発。2012年に株式会社オリィ研究所を設立。趣味は折り紙。

“人”と“人”をつなぐロボット

 OriHimeは、AIによって自動で動くロボットではなく、人間が遠隔操作するロボットです。身体的な問題や距離などの理由で、行きたいところに行けない人にとって、もうひとつの体、分身となるものです。
 OriHimeは、パソコンやスマートフォンで誰でも簡単に操作可能で、搭載されたカメラ、マイク、スピーカーを通して、遠く離れた場所にいる人とリアルタイムでコミュニケーションをとることができます。ただ会話をするだけではなく、首や手が動かせるようになっているので、まるで“本当に一緒にいる”ように感じます。卓上サイズのOriHimeと全長約120㎝のOriHime-Dがあり、OriHime-Dはお茶を運ぶことなどもできます。
 体が運べなくても、心を運び、自由に行きたいところへ行けて、会いたい人に会えて、社会に参加できる。そんな未来の社会の実現を目指して誕生した、人と人をつなぐロボットです。自分の名前の「オリィ」と、七夕の織姫のように「離れている人に会えるように」という願いから「OriHime」と名づけました。Hが大文字なのは「Human(人)」が動かすからです。

▲たくさんのOriHimeが働く分身ロボットカフェ「DAWN」。
様々な理由で外出が困難な人がパイロット(操作者)として働いています。

▲パイロットのプロフィールが紹介されていて、会話を楽しめます。
カメラを向けると、こちらを見てポーズをとってくれました。

特徴

リアルタイムの映像とハイクオリティな音声
広視野カメラ、マイク、スピーカー、6個の関節が搭載されています。鮮明な映像を見ながら、近くの人と遅延が気にならない自然な会話を実現します。

そこに本当にいる”ように感じる没入感
首や腕を自由に動かして周囲の人と話し、一緒に外出したり働いたりするうちに、遠隔操作でも本当にそこにいるような感覚、経験を得ることができます。

その人に見えてくるデザイン
様々な表情に感じられる能面をモチーフとし、操作者の顔が見えていなくても、本当にその人が“いる”ように感じられるようにデザインされています。

活用例 -職場編-

受付
お店のレジやイベント会場、会社の受付などで接客しています。隣にタブレットを置いてプレゼンを行うこともできます。

福祉の現場
病院や高齢者施設などで、利用者の話し相手や遊び相手になり、少し人手の足りない場の助けとなっています。

会議や視察
人が集まる会議に自然に参加することができます。施設の見学、内覧などにも使われています。

卓上での接客
レストランのテーブルにつき、食事の注文をとったり、料理の説明をしたりできます。人との会話を求めて来店する人にも喜ばれています。

活用例 -学校編-

学校や塾への登校
怪我や病気で教室に行けなくても、友達と席を並べて出席できます。入院中や不登校の子どもにも使われています。

遠足・修学旅行
外出が難しくても、友達と一緒に会話しながら旅行し、仲間との思い出を残すことができます。現地にいる人とも交流できます。

“孤独の解消”を人生のテーマに

 次は、小中学校での不登校から人生を変える出会いを経て、吉藤さんが“孤独の解消”を目指すと決めるまでのお話を伺いました。

不登校で感じた深い孤独

 「オリィ」という名前は折り紙に由来していて、私のものづくりの原点です。幼い頃から大好きで、1日に15時間くらい夢中になって折り続けるほどでした。興味があることしかやらず、小学生の時は授業中にじっとしていられない、目を離すとどこかへ行ってしまうような子どもでした。
 それでも低学年の頃はまだ良かったのですが、病弱で休みがちだったこともあり、だんだん同級生の成長についていけなくなってきて、小学5年の時、入院をきっかけに不登校になりました。父は中学校の先生で、評判の熱血教師でしたが、父のいる中学に上がってもやはり馴染めず、深い孤独を感じました。母は私の病気のために仕事を辞めていて、部屋で一人、「自分なんていない方がいい。どうして生きているんだろう」と考えるような日々でした。本当につらい経験でしたが、この時、「もうひとつ体が、健康な体があれば学校に通えていたかもしれない」と思ったことがOriHimeの誕生につながっています。

▲創作折り紙「吉藤ローズ」。本の通りに折るのではなく、自分で折り方を考え出していました。

一生を変えた師匠との出会い

 転機になったのは、中学1年の夏に参加したロボットコンテストです。プログラミングに触れたこともなかったのに、母が「折り紙ができるならロボットもつくれるだろう」と申し込んでしまったのですが、結果はなんと運良く優勝。翌年の全国大会にも参加することになり、今度は事前に準備をして臨みました。結果は準優勝で、努力が報われた嬉しさと同時に、1位じゃなかった悔しさも味わいました。そして、この大会で大きな出会いがありました。私の師匠である久保田憲司先生が一輪車をこぐロボットを展示していたのです。久保田先生は地元の奈良県立王子工業高校の教員で、「この先生に弟子入りして、もっとすごいロボットをつくりたい!」という一心で、不登校から抜け出せました。
 もともと記憶力が悪く、勉強も大嫌いで、5教科合計で100点にも満たないような成績でしたが、1年の教科書からすべてやり直し、塾にも通い、折り紙も封印して机に向かいました。私にとっての折り紙はスマートフォンのようなもので、紙さえあれば遊べるので、プリントやルーズリーフの紙を折りたい衝動を我慢するのは大変でした(笑)。当時の私は、高等専門学校と工業高校の区別もついておらず、とにかく頭が良くないといけないとひたすら勉強して、最終的には合計350点くらいまで上がりました。実は200点くらいで合格できたのですが、高めの目標を設定して勉強したおかげで、高校の3年間は好成績を維持して、ものづくりに集中できたので良かったと思っています。

▲人生を変えるきっかけになったロボットコンテスト。

社会から孤独をなくしたい

 晴れて工業高校に進学し、憧れの久保田先生のもと、3年間ものづくりに専念しました。2年の時、電脳車椅子の研究で、科学技術コンテスト「JSEC」に参加し、最優秀賞である文部科学大臣賞を受賞しました。上位入賞者は世界大会の「ISEF」への出場権が得られるので、苦手な英語でのスピーチなどを猛特訓して臨み、機械工学の部門で3位を受賞するという快挙を成し遂げました。
 この大会で出会った海外の高校生が一生研究を続けると話していたことに衝撃を受け、「自分はどうだろう?」と疑問が浮かびました。それまでは、一般的な工業高校の生徒のように、卒業後は地元の工場に就職してものづくりを続けていくのだと漠然と思っていました。ですが、本当にそれでいいのか、自分が一生やりたいことは何なのか、そう考えて、見つけたテーマが“孤独の解消”でした。車椅子をつくっていろいろな人に話を聞いて、不登校時代の私のように孤独を感じている人は大勢いるのだとわかりました。それなら、一生をかけて社会から孤独をなくすことを目指そうと決めたのです。

人とAIではなく、人と人

 孤独を解消する方法として最初に考えたのは、AIの友達をつくることでした。そこで高校卒業後は、AIを専門的に学ぶため、国立詫間電波工業高等専門学校(現香川高専)に編入しました。ですが、AIの研究を進めていくうちに、これは違うと感じました。振り返ってみると、私が不登校から復帰できたのも、人生のテーマを見つけられたのも、人との出会いがきっかけでした。他者と関わり、世の中に自分が必要とされていると感じなければ、本当の意味で孤独をなくすことはできません。人とAIではなく、人と人をつなぐことが必要なのだと気づいたのです。
 結局、高専は1年で辞めて、JSECの入賞者が受験できる制度が早稲田大学にできたと聞いてAO入試を受け、創造理工学部に進学しました。せっかく入ったのにすぐ辞めるなんてと思うかもしれませんが、私は人生には期限があると考えています。ずっと体が弱く、視力もどんどん低下して、失明するかもしれないと言われていたので、17歳で残りの人生を考えた時、30歳まで、あと13年しかないと仮定しました。となると、無駄なことをしている時間はなく、失敗したと気づいたなら、すぐに次の方法を考えなければなりませんでした。

プログラミングで“何をしたいか”を考えよう

 最後に、OriHimeができるまでのお話と、プログラミングの魅力について伺いました。関塾生の皆さんへのメッセージもいただきましたよ!

OriHimeの誕生へ

 大学に進学して考えたのは、コミュニケーション力を身につけなければならないということでした。私は子どもの頃から集団行動や人付き合いが苦手で、AIの友達をつくればいいと思っていた高専時代は友達が一人もいませんでした。ですが、人と人をつなぐ、コミュニケーションを支援するロボットをつくりたいのに、自分自身がコミュニケーションをとれないのでは話になりません。
 これが、高校受験よりもずっと大変でした……。世の中には、勉強を基礎から学び直せる塾は多いですが、コミュニケーションを一から教えてくれるような塾はありません。普通は子どものうちに、友達と遊んだりケンカしたりして身につけていくものだからです。サークルに入ったり、アルバイトをしたり、とにかく多くの人と関わって話をして、失敗を繰り返しながら、少しずつ身につけていきました。勉強を取り戻すよりも難しいので、皆さんは友達と過ごす時間も大事にしてくださいね。
 同時に研究も進めていて、3年生になった時、入りたい研究室がなかったので、オリィ研究室と称して一人だけでロボット開発を始め、OriHimeが完成したのは4年生の夏頃です。その後、OriHimeのコンセプトに賛同してくれた後輩からビジネス化することを提案され、研究室は研究所へと歩み始めました。

思い描いたものを実現できる

 OriHimeをつくってから10年以上が経ちます。その間にテクノロジーはどんどん進化し、スマートフォン、3Dプリンター、IoT、ドローン、メタバース、生成AIなど、様々なものが話題になりました。ですが私は流行に乗ることはなく、遠隔操作する分身ロボットをつくり続けています。もちろん新しい技術を取り入れてはいますが、皆がしていることよりも、私がしたいことの方が重要だからです。
 それを実現するために、プログラミングという手段はとても私に合っていました。例えば、ALSの患者さんとお会いした時、会話に透明文字盤を使っていました。文字が書かれた透明な板で、声を出せない患者が指や視線で示した文字を介護者が確認して読み上げるものです。「もっと話したいけど大変そうだ。視線入力できるプログラムをつくればいいんじゃないか」と思い、完成した装置で特許を取得、製品化しました。
 私にとってプログラミングは絵を描くのと似ていて、頭の中に思い描いたものを現実のものにできるところが魅力です。「やった! 思った通りにうまく動いた!」という純粋な楽しさがあって、私はプログラミングが大好きです。今はプログラミング教育が取り入れられて、早いうちから触れる機会があるのは良いことだと思います。他の科目に比べて、学んだらどんなことができるのか、どう社会に役立てられるのかをイメージしやすいのではないでしょうか。

ALS…筋萎縮性側索硬化症。全身の筋肉が徐々に衰えていき、呼吸もできなくなる難病。

“できないこと”が武器に

 プログラミングには良いところがたくさんありますが、他の科目と同じで、向き不向きがあります。どんな勉強でも、一番大切なのは、何ができるかよりも、何をしたいのかをしっかり考えることです。私の高校受験やコミュニケーションの修行がそうだったように、目的のために必要だと思えば、苦手なことでも頑張れます。
 何をしたいかを考える時に、“できないこと”は、大きな武器になります。自分にとって自然にできることは才能で、とてもすごいことですが、他の人にどうやってできるようになったのかをうまく説明できませんし、他の人には真似ができません。できないからと諦めるのではなく、どうしたらできるようになるのかを考えましょう。苦手なことを克服できるのが一番ですが、克服できなくても得意なことで補えれば問題ありません。できないことがどうやったらできるようになったか、できなくても困らないようになったか、そのノウハウやプロセスにこそ価値が生まれます。
 また、計画を立てることも大切です。30歳くらいで死んでしまうかもしれないと「人生30年計画」を立てたことで、今の私があります。もちろんすべてが計画通りとはいかなかったですし、幸い、30年以上生きることができました。今は「人生40年計画」に修正して、“孤独の解消”への挑戦を続けています。人生を短いものだと考えると、1日1日をちゃんと過ごそうと思えます。皆さんも、自分が本当にしたいことを見つけて、実現できるように挑戦を続けていきましょう!

OriHimeはこんなロボット

 

「はい」「いいえ」「手をあげる」「ぱちぱち」「なんでやねん」「うーん」などの感情を表現するボタンで動かします。シンプルで工夫された動きは、パントマイムや人形浄瑠璃などを参考に考えられました。目の色も気分に合わせて変更できます。