- 特集②
バイオミメティクス、バイオミミクリーとは、動植物の形や構造、能力を真似て、製品開発や機能向上、環境問題の課題解決などに役立てる技術のこと。日本語では「生物模倣(技術)」と言います。生き物を手本にして生み出された技術や製品は、私たちの暮らしをより良くするために様々な分野で役立てられています。生き物が持つどんな仕組みや生態が、どんなものに、どのように活用されているのか、実例を紹介します。
バイオミメティクスとバイオミミクリーの違いは?
「バイオミメティクス(biomimetics)」という言葉は、1950年代にアメリカの神経生理学者オットー・シュミットが命名しました。「bio-」は“生命の、生物に関する”を表す接頭語で、「mimetic」は“模倣”“擬態”を意味する「mimesis」の形容詞。
これと似た言葉に「バイオミミクリー(biomimicry)」があります(mimicryも“模倣”の意)。1997年に提唱したアメリカのサイエンスライター、ジャニン・ベニュスは、バイオミミクリーについて「自然を、利用し育てコントロールする対象とするのではなく、学ぶべき対象とし、その学びの過程で私たちは母なる地球との関係を知ることができる」と言っています。
バイオミメティクスもバイオミミクリーも「生き物を真似て技術開発に活かす」という根本は同じですが、バイオミメティクスをさらに拡張させた概念がバイオミミクリーです。バイオミメティクスが自然界からヒントを得て製品開発に役立てる技術を言うのに対し、バイオミミクリーは、製品開発を通して気候変動など地球規模の課題解決を目指す、より広い意味を持った概念だと言えるでしょう。
水中を高速で泳ぐサメからヒントをもらい、飛行機の燃料費を抑え、二酸化炭素(CO2)の排出量削減を目指す取り組みが進んでいます。
“サメ肌”と言われるようにサメの体はザラザラしています。ザラザラの正体は、象牙質とエナメル質でできた「循鱗」という鱗。循鱗を電子顕微鏡で観察すると、1つ1つの鱗には細かい溝があり、それらはすべて同じ方向に整然と並んでいます。サメが泳ぐと溝の部分に小さな渦ができ、それによって鱗の表面では水流が乱れにくくなり、水の抵抗が抑えられます。このおかげでサメは、少ないエネルギーで素早く泳ぐことができるのです。
航空会社のANA(全日本空輸)とJAL(日本航空)はこの構造を飛行機に活用。方法は、サメ肌を真似てつくった凹凸のあるフィルムを機体に貼ったり、機体の一部に“サメ肌加工”を施したりするというもの。こうすることで空気抵抗を抑えて燃料効率を上げ、飛行機の省エネを実現しています。
下の写真のハスの葉は、水滴がついているのに表面が濡れていません。なぜ水をはじくのでしょうか?
水をはじく性質を「撥水性」と言います。ハスの葉が持つのは驚異的に水をはじく「超撥水性」で、さらにセルフクリーニング(自浄作用)もあります。水滴が転がり落ちる時、汚れも一緒に落とすという作用によって、ハスは常に葉をきれいにし、光合成をしやすくしています。葉の表面を顕微鏡で見ると細かい突起がたくさんあり、突起の表面にはさらに微細なデコボコが。複雑なこの構造が、超撥水性と自浄作用の秘密です。
これに気づいたドイツの植物学者ヴィルヘルム・バルトロットは「*ロータス効果」と名付けて論文を書き、特許を取得。企業と協力して超撥水性外壁塗料を開発しました。この塗料は雨風から外壁を守り、雨水が汚れを取り込んで落とす、という画期的なものでした。
ロータス効果を応用した製品には他にも防寒着や雨具などがあり、ヨーグルトのふたもその一例。ハスの葉を真似てふたの裏の表面をデコボコにすることで、ヨーグルトをくっつきにくくしました。
*ロータス(Lotus=ハス)。
野山などを歩くといつの間にかくっついている“ひっつき虫”。服や動物の毛にくっつく植物の実や種の俗称で“くっつき虫”とも言います。スイス人の技術者ジョルジュ・ド・メストラルは、この植物をヒントに面ファスナーを発明しました。
愛犬と狩りに出かけたメストラルは、自分の服や犬の毛に野生ゴボウの実(下写真)がたくさんついていることを不思議に思い、実を持ち帰って顕微鏡で観察。その結果、全体にトゲトゲがあり、釣り針状に折れ曲がった先端部分が、服の繊維や犬の毛に絡みついていることがわかりました。「この構造を真似したら、簡単にくっつけたり、はがしたりできるものが作れるのでは?」。そう考えたメストラルは制作に着手。数年の試行錯誤の末、ナイロン糸を使って、無数の鉤と輪で構成された面ファスナーを作り上げました。
今や生活にすっかり浸透した面ファスナーは、宇宙服でも採用され、宇宙ステーションでは物を固定させるのに大活躍しています。
壁や天井を這い回るヤモリを見たことがありますか? 天井で逆さまになったり、垂直の壁をスイスイ移動したり……。ヤモリはなぜこんな“神技”ができるのでしょうか?
ヤモリが自在に移動できるのは、4本の足に自分の体重を支えられるほどの粘着力があるから。電子顕微鏡で観察すると、ヤモリの指は層状(下写真)になっており、さらにズームアップして見ると、表面には「セタ(seta)」と呼ばれる毛がびっしりと生えています。セタの先端はさらに細かく枝分かれしていて、この部分と接着する面との間には、互いに引き合おうとする「ファンデルワールス力(分子間力)」が働きます。この力によって強い粘着力が生まれているのです。また、セタは接着面に合わせて自由にたわむので、どんなところでもピタッ!とくっつくことができます。
このメカニズムを利用し、粘着剤を使わずに高い接着力を持つテープ、その名も「ヤモリテープ」が開発され、実用化されています。
トンネルを掘る方法に「シールド工法」があります。強固な鉄製の円筒をシールド(盾)にして地盤を支えながら掘り進む工法で、主に軟弱で浸水の恐れがある地盤などで行われています。
この工法を考えたのは、イギリスの技師マーク・ブルネル。ロンドン中心部を流れるテムズ川の下に、安全にトンネルを掘る方法に頭を悩ませていました。川の下は水を含んだやわらかい地盤なので、掘ると崩れてしまう危険性があったからです。
そんな時、木に無数の穴が開いているのを見てひらめきました! 穴を開けたのは二枚貝のフナクイムシ。貝といっても貝殻は体の先にちょこんとついているだけで(下写真の○部分)、フナクイムシはこの硬い貝殻で木に穴を開け、中へ中へと進んでいきます。しかし、木がもろくなって崩れてしまうと一大事。そこでフナクイムシは、体から石灰分を含んだ粘液を出し、壁面に塗りつけて補強しながら進みます。ブルネルはフナクイムシのように“掘ったらすぐ内側を固める”シールド工法でトンネル工事を見事成功させました。1843年に開通した「テムズトンネル」は今も現役です。