ソクラテスやプラトン、アリストテレスという名前を聞いたことがありますか? いずれも紀元前4~5世紀頃の古代ギリシアの哲学者の名前です。古代から哲学者たちは、「人間とは何か?」を追求し、様々な思想を巡らせて、たくさんの言葉を残しました。それらの言葉は、2000年以上の時を越えて、今を生きる私たちの心にも響きます。
『10歳の君に贈る、心を強くする26の言葉 哲学者から学ぶ生きるヒント』は、そんな古代から現代までの哲学者たちの言葉から、楽しく生きるヒントを見つけましょう、と書かれた哲学書。「子どもの頃から哲学について考えていると、心が強くなりますよ」とおっしゃる著者の岩村太郎先生にお話を伺いました。
岩村 太郎(いわむら たろう)
恵泉女学園大学教授、副学長。1955年、東京都大森生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院修士課程修了、同大学院博士課程満期退学。エディンバラ大学神学部留学。哲学やキリスト教倫理学を専門とし、抽象的思考能力を身につける教育を目指して学生たちに哲学の講義を行っている。
皆さんは、勉強や友達関係、進路・将来のことについてなど、いろいろな不安や悩み、疑問を抱えていませんか?
いくら考えても答えが見つからず、迷い続けていたり、壁にぶつかったりしているかもしれません。
そんな悩みや疑問について、哲学者の言葉を学びながら、一つひとつ考えていきましょう。
視界が開け、気持ちがだんだん晴れていきますよ。
Q 勉強ができない。どうしたら…?
A できないこと、知らないことを知っているからこそ、先に進めるのです。
【哲学的キーワード】
「無知の知」 ソクラテス(紀元前470頃~紀元前399)
ソクラテスの有名な言葉に「無知の知」があります。ある日、ソクラテスが賢者たちに善と正義の意味を聞いて回ったところ、賢者たちは皆、「もちろん知っているとも」と答えたものの、ソクラテスと深い問答を繰り返すうちに、誰もその意味を答えられなくなってしまいました。この時、ソクラテスは気づきました。自分が知っていると思い込んでいるだけで、実は何も知らない人が多いのだと――。
本当は知らないのに、自分が知っていると思い込んでいる人たちは、そこから先に進むことができません。ソクラテスは、「自分は何も知らない」ということを知っている人の方が、本当は賢いのではないかという考えにたどり着き、これを「無知の知」と言ったのです。
「自分は勉強ができないことを知っている」=「その先に進める」ということ。「自分はできない」と知っているからこそ、努力したり頑張ったりすることができるのです。これはすごいことなんですよ。
Q 自分のいいところがわからない。
A 誰でも自分のことはわからないものです。
【哲学的キーワード】
「自分の顔を見ることはできない」 エマニュエル・レヴィナス(1906~1995)
人のいいところは、自分では当たり前だと思っているところにあるものなので、自分ではわからない――。これをフランスの哲学者、エマニュエル・レヴィナスは、「自分の顔を見ることはできない」と表しました。自分では自分のいいところがわからなくても、誰にでも必ずいいところがありますから、「自分は嫌われていないかな」とか「人からどう思われているだろう」などと不安に感じる必要はありません。
レヴィナスは、「自分の顔は他人が一番よく知っていて、他人の顔は自分が一番よく知っている」とも言っています。自分が人にどう思われているかを不安に思うより、友達のいいところを探してみましょう。きっと今より関係が良くなりますよ。
Q "自分らしさ” とは何ですか?
A はっきりした〝自分らしさ〟はわからないものです。
【哲学的キーワード】
「人は考える葦である」 ブレーズ・パスカル(1623~1662)
フランスの哲学者、ブレーズ・パスカルの「人は考える葦である」という言葉は有名ですね。葦とはススキに似たイネ科の植物。川辺や湖の岸などに生えています。パスカルは、風が吹くと葦が頼りなくゆらゆらと揺れる様子を人になぞらえ、人も葦と同じように、頼りなくて揺れ動きやすい存在だと表現したのです。
例えば、楽しい時、悲しい時、怒っている時……感情の起伏によって人の言動は大きく変化します。また、親やきょうだい、友達、好きな子、先生――相手によって皆さんが見せる顔は全部違いますよね? これは、それぞれの相手に対して持っている感情が全て違うからです。
人は誰でも感情によって揺れ動くもの。言うなれば、あなたが感じたこと全てが“自分らしさ”とも言えるでしょう。
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Q 友達が少ない。
A 友達は、多くいるからいいというわけではないのです。
【哲学的キーワード】
「我と汝」 マルティン・ブーバー(1878~1965)
マルティン・ブーバーは『我と汝』という本で、自分と他人の関係性について説明していますが、本に出てくる「会う」という言葉の中に、自分と友達との関係を教えてくれるヒントがあります。
「会う」という言葉には、正確に言うと「meet(会う)」と「encounter(出会う)」があり、ふたつの言葉の意味は全く違います。ブーバーは「出会う」という言葉を、「I and You(私とあなた)」と表現し、「会う」は「I and it(私とその他)」と表しました。これが示す意味は、「私とあなた」の関係性こそが友達で、「私とその他」は単なるクラスメイトや知り合いだということ。つまり、友達の価値は人数では決まらないということです。
友達の数を気にするより、「私とあなた」の関係になれる友達をつくりたいですね。
Q グループの中で仲間はずれにする子がいる。
A 本能に負けない理性を持った人になりましょう。
【哲学的キーワード】
「人間はポリティカルなアニマルである」 アリストテレス(紀元前384~紀元前322)
「人間はポリティカルなアニマルである」という言葉の意味は、ポリティカル=社会的、アニマル=動物で、「人間は社会的な動物である」となります。社会的を簡単に言うと、ルールや集団のこと。人間はひとりでは生きていけない“社会的な動物”なので、社会や集団のルールからはずれた人がいたら、仲間はずれにする本能があるのかもしれません。
学校の仲良しグループの中で、他の人たちと違う行動をして仲間はずれにされる人がいたとします。それを見たあなたは、“本能だから仕方がない”と見過ごしますか? 人間には本能を抑えることができる「理性」があります。もし誰かが仲間はずれにされそうになったら、それを止めるのが理性です。本能に負けない理性を持った人になってくださいね。
Q 人を好きになるとは、どういうこと?
A 人には〝片割れを探すエネルギー〟があります。
【哲学的キーワード】
「人間は "ふたりでひとり” だった」 プラトン(紀元前427~紀元前347)
好きという感情を言葉で表すのは難しいですね。プラトンは『饗宴』という話の中で、人を好きになる気持ちの起源についての神話を書いています。
人間はもともとアンドロギュノスという種族で、ふたりの人間が背中合わせにくっついて一体となる形をしていました。この形をした人間は力が強く、あまりにも傲慢だったので、主神ゼウスは困り果て、その力を弱めるために、人間を真っぷたつに分けてしまいました。
ふたつの体に分かれた人間は、もとの完全な姿に憧れて、互いに切り離された“片方”を探してさまようようになったと言われています。人間はもともと“ふたりでひとり”だったので、誰かを求めようとするのは自然なことなのです。
ギリシャ語で「愛」を意味する言葉には、「エロス(恋愛)」、「フィリア(友愛=相手の幸せを願う気持ち)」、「アガペー(損得勘定がない無償の愛情)」の3つがあります。相手への思いの深さによって「好き」にもいろいろあるのです。
Q なぜ勉強しないといけないの?
A 勉強をすると、これからの人生の選択肢が広がるからです。
【哲学的キーワード】
「知は力なり」 フランシス・ベーコン(1561~1626)
イギリスの有名な哲学者、フランシス・ベーコンの言葉「知は力なり」は、勉強した知識は全て自分の力になるという意味。この力があればあるほど人生の選択肢が増え、大人になった時に役に立つのです。ゲームで、手持ちの武器や技をたくさん持っているキャラクターの方が強いのと同じように、知識をたくさん身につけると、それが自分の強みとなって、生き方を選ぶ選択肢が増えるのです。
いろいろなことを知っている人を「おもしろい人だな」と感じたことがあるでしょう? 皆さんも知を力にできる、知識をたくさん持った人を目指してください。
Q 自分の夢を反対された。
A 目的の先にある目標を見つけて、少しずつ夢に近づきましょう。
【哲学的キーワード】
「イデア」 プラトン(紀元前427~紀元前347)
人に反対されて諦めるのなら、それはもともと夢とは言えないかもしれません。自分の夢は、“目標”か“目的”かということを考えてみましょう。
例えば「有名大学に入りたい」という夢。入学した先のことを考えていなければ、“入学すること”が目的で終わってしまい、そこから進めなくなってしまいます。「入学したら○○を学んで将来は△△になりたい」など、もっと先にある目標を見つけることが大事です。強い目標を持っていれば、人に反対されたくらいでは、簡単に夢を諦めることはしないでしょう。
プラトンは、完全で純粋なものは「*1イデア」にしかなく、この世にあるものは全てゆがんでいると言いました。イデアは夢や理想と言い換えられます。夢を達成するのが難しい場合でも、夢に近づくのは価値のあるとても大切なこと。プロ野球選手になりたいという夢なら、野球を続けること、試合に出ることで夢に一歩ずつ近づいているのですよ。
*1物事の本来あるべき究極の理想像のこと。プラトンは、あらゆるものの本質はこの世にはなく、現実とは別のイデア界にあるという「イデア論」を主張しました。
岩村先生が『10歳の君に贈る、心を強くする26の言葉』を書かれたのは、出版社に勤めるかつての教え子から、企画を持ちかけられたことがきっかけです。「子どもの心に一生残る本を作りたい」という趣旨に共感し、執筆を引き受けられたそう。先生がこの本で皆さんに伝えたいメッセージなどについて伺いました。
本のタイトルは「『心の小部屋をあなたに』にしたい」と提案したのですが、却下されました(笑)。“心の小部屋”というのは、皆さんが何かを信じたり、新しい発見をしたりすると、心の中にできるものです。サンタクロースがいると信じている子どもの心には、サンタクロースの小部屋ができます。この小部屋は、大人になっても心の中にあり続けるもので、小部屋をたくさん持っている人は、深みのある、おもしろい人になります。
皆さんはこれから、様々なものを見たり聞いたり体験したりして、いろいろなことを知るでしょう。そうして心の小部屋をたくさん増やし、心が豊かで力強い、魅力的な人になってください。
紀元前から人類は、現代の私たちと同じようなことに疑問を持ったり悩んだりしていました。ソクラテス(紀元前470頃~紀元前399)は、「汝自身を知れ」と自分自身が何者かを追求し続けました。また、*2ギリシア七賢人のひとりであるタレス(紀元前624頃~紀元前546頃)は、「最も困難なことは自分自身を知ることであり、最も容易なことは他人に忠告することである」と言っています。他者のことはよくわかるので批判したり忠告したりするのは簡単。でも、自分のことを知るのは一番難しい――。現代にも通じるこの言葉のように、太古から人類が追い求めてきた真理は、何ひとつ変わっていません。大昔から人々は同じ課題に直面し、同じように悩んできた――。そう考えると2000年以上も昔の人たちと心が通じている気がしませんか?
いろいろな哲学者の言葉を紹介しましたが、これらを手がかりに、自分のこと、自分と友達や家族との関係、将来についてじっくり考えてみてください。最終的に自分の道を歩いていくのは、皆さん自身です。迷ったり悩んだりすることも当然あるでしょう。人間は迷うものですから、大いに悩んでほしい。そうして初めて人間的に成長できるのです。そして、迷って悩んで自分で出した答えには、言い訳をせず、自分で責任を持たなければいけません。
皆さんがこれからの人生で、道に迷ったり立ち止まったりすることがあったら、哲学者の言葉を思い出してください。きっと何かヒントをくれるはずですよ。
*2紀元前6~7世紀頃、古代ギリシアで最も賢いとされた人物たち。
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