2025年5月号 わたしの勉学時代 福岡教育大学長 飯田 慎司先生に聞く

1873(明治6)年に開設された教員養成機関、学科取調所を起源とする福岡教育大学は、2023(令和5)年、創基150周年を迎えました。生涯にわたり学び続ける有為な教育者を養成することを基本理念とし、九州・沖縄地方における教員養成の拠点大学として、教育界を支える多くの優秀な人材を輩出しています。数学教育学がご専門の飯田慎司先生は、高校の数学教師だったお父様の言葉がきっかけで教育学の道に進まれたそうです。

【飯田 慎司(いいだ・しんじ)】
1958年生まれ。広島県出身。教育学修士(広島大学)。
鹿児島大学理学部卒業後、84年3月広島大学大学院教育学研究科教科教育学専攻博士課程前期修了。86年福岡教育大学教育学部助手。87年講師、90年助教授、2006年教授。副学長、教育学部長等を歴任し、20年学長に就任、現在に至る。専門は数学教育学、算数・数学科教育。

カナダの研修旅行の思い出

 広島市で生まれ、後に大分県に引っ越しました。広島大学附属高校で数学教師をしていた父が、私が小学4年の時に数学教育の研究者として大分大学に赴任したからです。広島にいた頃はよくサッカーをしていて、大分の中学校ではサッカー部に入りました。子どもの頃から体を動かすことが好きで、今もスポーツは大好きです。
 父も母も教育熱心なタイプではなく、どちらかというと放任主義。厳しくしつけるよりも自主性を育てようとしてくれたのでしょう、姉にも私にも好きなことをのびのびとやらせてくれました。
 そんな両親との思い出と言えば、中学2年の時にカナダへの研修旅行に参加させてくれたことが真っ先に思い浮かびます。全国から集められた小・中学生数十人が、ブリティッシュコロンビア大学で英語と体育の研修を受けられるのです。習い始めた英語がどれくらい通じるのか試すことができましたし、一緒に行った生徒たちとの集団生活でもいろいろなことが学べて、有意義な10日間でした。現地で受け取った父からの手紙には、「この旅行に行かせたいと言ったのはお母さんだよ」と書いてあり、両親の深い愛情を感じました。中学生の時にこうした経験をさせてくれたことを感謝しています。

合唱の指揮者で自信がついた

 中学では、父が数学の教師だったこともあり数学が得意で、音楽も好きでした。学校行事でクラス対抗の合唱コンクールがあった時のこと、指揮者を任された私は、本番の時にだけ、最後の部分を長くのばしながら静かに歌い終わるように指揮しました。それが功を奏したのか、優秀賞をもらい、クラスの皆で喜び合ったことが今も忘れられません。音楽の先生には「余韻を残す印象的な終わり方がとてもよかった」と褒めていただきました。
 はじめは“できるかな”と不安に思っていた指揮者をやり遂げることができ、評価もしてもらえたことで、いろいろなことに自信が持てるようになったと思います。
 高校は地元の高校に進みました。受験の時に特別な勉強をした記憶はありません。普段通りの勉強を続けているうちに受験日を迎えた、といった感じだったかと……。振り返ると、毎日の授業をきちんと聞いていたので、いつの間にか基礎的な学力はしっかりと身についていたのだろうと思います。

▲中学校ではクラス対抗サッカー大会やバレーボール大会などもありました。こうした行事を通して皆で切磋琢磨し、高め合うことができました。

教師志望から教育学の道へ

 将来については、得意な数学が活かせる職業に就きたい、となるとやはり高校の教師かな?と漠然と考えていました。鹿児島大学理学部を選んだのは、九州から出たくなかったことと、そんな将来を見据えてのこと。とはいえ当時は、数学教師になるためには理学部と教育学部のどちらがいいかといった知識はなく、まぁ理学部でいいかといった程度の気持ちでした。
 大学ではキャンプカウンセラーのサークルに入りました。夏休みは大半をサークル活動に費やし、子どもたちとテントで寝泊まりして、食事をつくったり、キャンプファイヤーをしたり……と密度の濃い日々を過ごしました。そのうちに人気が出て「私たちのテントに遊びに来て」とお呼びがかかることも(笑)。子どもたちとの触れ合いは楽しく毎日が充実していて、教育に対する興味がますます膨らんでいきました。
 高校の数学教師になろうと思っていた私が、数学教育学の道へと方向転換したのは、父の一言がきっかけでした。大学2年の時、仕事で鹿児島を訪れていた父が下宿に来て、こう言ったのです。「数学の先生を目指すのもいいが、数学教育学の研究者になるという道もある。それに挑戦するのもおもしろいんじゃないか」。この言葉に心を揺さぶられ、数学教育学の専門家になることを決意しました。教育のあり方や方法を研究し、その本質を追究する「教育学」という学問に大きな魅力を感じたからです。

▲上の写真は中学2年の時に両親、姉と。下は大学2年の時に父と。酒を酌み交わしながら、将来についてなどいろいろな話をしました。

大学院で教育学の本質を学ぶ

 算数や数学の教育学を学ぶために目指したのは、広島大学大学院です。高校受験でも大学受験でもそれほど勉強しなかった私が、この時は本気モードで猛勉強! 父から譲り受けた専門書で受験勉強に取り組むうちに、数学教育学という学問には優れた理論があることを知り、そのおもしろさにどんどんのめり込んでいきました。
 大学院で専攻した教科教育学の指導教官がおっしゃった「君が学ぶのは“数学の教育学”ではなく、“数学教育の学”だ」という言葉が強く印象に残っていて、本学の学生にも同じことを伝えています。先生という職業を、児童や生徒にただ算数や数学を教える役目と捉えるのではなく、算数・数学科教育はいかにあるべきかをしっかりと考えて指導する――そんな先生になってほしいと。教育学について包括的に理解していれば、教え方はひとつじゃない、いろいろな教え方があるという多角的な視点を持つことができ、それが子どもたちの成長にもつながることを知ってもらいたいという思いからです。

▲算数や数学の学習のコツは、つながりを見つけること。中1で習う一次方程式が中2で教わる連立方程式につながっている――こんな風に理解すると楽しくなりますよ。

特別支援教育の充実を

 教育大学は“先生になろうと入学してくる学生を先生に育てて卒業させる”のが使命です。本学は教員就職者数や教員就職率がともに高いレベルにあり、全国でも屈指の教員養成大学だと自負していますが、今後は教育の“質”の向上にも取り組んでいく必要があります。具体的な方法としては、カリキュラムの改革やボランティア活動の推奨などによって教員養成の質を上げ、子どもたちの学びをより進化させられる教師を現場に送り出していかねばなりません。
 そんな中で今、特に力を入れているのは特別支援教育です。現在、本学の敷地内に建設中の「福岡県立宗像特別支援学校(仮称)」(2026年4月開校予定)は、福岡県、宗像市、福岡教育大学が連携して進めている事業で、将来、特別支援教育の拠点となることを目指しています。本学では高い指導力を備えた特別支援学校の教員を育成しており、2025年度には教職大学院内に「特別支援教育向上コース」を新設しました。これからも社会のニーズに応えつつ、特別支援教育のさらなる充実を図っていきたいと考えています。
 関塾生の皆さんに伝えたいのは、まずは授業をよく聞きましょうということ。授業でよくわからなかったところは家庭学習や塾の勉強で補えば、かなりの力がつくはずです。そして、何をするにも失敗を恐れてはいけません。くじけても、へこたれても、挑戦し続けることが大事で、その経験の中で得たものを味方につけて一歩ずつ進んでいけば、道は必ずひらけます。努力はきっと実を結びます。そう信じて毎日を大切に過ごしてください。

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