皆さんは毎日何時間くらい眠っていますか? 「寝る子は育つ」ということわざがあるほど、心身の成長にとって睡眠は欠かせないものです。しかし日本は他国に比べて睡眠時間が短い人が多く、近年では子どもの睡眠時間が短いことが問題になっています。
東京大学の「子ども睡眠健診プロジェクト」は、そんな日本の子どもたちの睡眠の実態を調べています。どうして睡眠が大切なのか、良い睡眠をとるにはどうすればいいのかをきちんと知って、自分の睡眠習慣を見直してみましょう!
「子ども睡眠健診プロジェクト」は、東京大学大学院医学系研究科システムズ薬理学教室の「上田生体時間プロジェクト」の一部で、ヒトの生体時間の解明を目指しています。プロジェクトメンバーの岸哲史先生にお話を伺い、まずは体内時計の働きや睡眠の仕組みについて説明していただきました。
「体内時計」とは、ヒトの生体リズムを生み出す、体に備わっている時計のことです。例えば、私たちは普通、朝になると目が覚めて、夜になると眠くなりますよね。体内時計はそういったヒトの様々な生理機能や行動パターンを司っています。大体24時間のリズムを刻んでいるので、「概日リズム」「サーカディアンリズム」とも呼ばれます。地球の1日、自転周期が24時間のため、進化の過程で環境に適応するために自然と備わったものだと考えられていて、ヒトだけではなく、地球上のあらゆる生物が体内時計を持っています。
体内時計には、中枢時計と末梢時計の2種類があります。臓器など体の器官それぞれに末梢時計があり、脳にある中枢時計が中心となって末梢時計にシグナルを送ることで、すべての時計が同調して時を刻む、という仕組みになっています。
中枢時計は脳の中心部、「視交叉上核」と呼ばれる場所にあります。目から入った光の情報が視神経を通って脳に伝わる時、右側からの情報は左脳、左側からの情報は右脳に送られます。2つの通り道が交差する場所が「視交叉」で、そのすぐ上の神経核(神経細胞の集団)の部分に中枢時計があります。この位置関係から、体内時計は光の情報を強く受けるという特徴を持っています。
ヒトの体内時計は平均すると24時間より少し長いことが知られていて、何もしなければ地球の1日とずれたリズムで毎日が過ぎていきます。これを調整するのが光で、朝の時間帯に光を浴びることで体内時計が進んで、24時間に合うのです。反対に、夜の時間帯に光を浴びると体内時計が遅れて、ずれが大きくなってしまいます。体内時計が乱れると様々な不調を引き起こします。海外に行った時に時差ぼけが起こるのは、体内時計が現地の時刻と大きくずれてしまうからなのです。
睡眠には2つの仕組みが関わっていて、1つ目が体内時計です。体内時計の働きにより、夜になるとメラトニンという睡眠を誘うホルモンが分泌されて眠くなり、朝になるとコルチゾールという覚醒を促すホルモンが分泌されて目が覚めます。2つ目が恒常性と呼ばれる仕組みです。活動していると睡眠物質が脳内に溜まっていき、一定量を超えると眠りに入ります。眠っている間に睡眠物質が減っていき、なくなると目が覚めます。水が溜まるとカタンと傾き、水が流れると元に戻る、ししおどしを想像するとわかりやすいです。
ヒトがいつ寝ていつ起きるかは、体内時計と恒常性の仕組みの相互作用で決まると考えられています。私たちは基本的に朝起きて夜まで活動するので、体内時計で眠くなる時間帯と恒常性の睡眠物質が溜まって眠くなるタイミングが大体一致します。徹夜をすると、朝に眠気を感じなくなることがありますが、これは恒常性の睡眠物質が減らなくても、体内時計は24時間のリズムを刻んでいるからです。
睡眠には、量・質・リズムの3つの要素があります。横になって寝ている時間を就床時間と言いますが、この時間がすべて睡眠時間というわけではなく、中途覚醒、途中で脳が起きてしまう時間があることがわかっています。就床時間のうち実際に眠っていた時間(量)、就床時間に対して実際に眠れていた時間の割合(質)、寝る時間と起きる時間がそろっているか(リズム)の3つの要素を満たすことが大切です。
睡眠は、学力や体力、心身の健康と密接に関係しています。睡眠を改善すると、記憶力が上がったり、意欲的になったり、運動のパフォーマンスが向上したりします。乱れると不調につながり、成績が下がったり、落ち込みやすくなったり、ケガをしやすくなってしまいます。逆に、不調になると睡眠が乱れるという関係もあるのですが、睡眠の乱れの方が影響が強く、先に起こります。元気がないから眠れなくなるというよりは、眠れていないから元気がなくなる、というわけです。
「子ども睡眠健診プロジェクト」の目的は、子どもの健やかな睡眠状態を知り、育み、護ること。具体的な内容を詳しく伺いました。
▼子ども睡眠健診プロジェクトホームページ
https://sys-pharm.m.u-tokyo.ac.jp/childsleep/
睡眠状態を正確に測るには脳波を測定する大がかりな装置が必要なため、これまでの睡眠に関する調査はアンケートや、何時に寝て何時に起きたかという自己申告に基づく手法が中心でした。ですが、「上田生体時間プロジェクト」は、ACCEL法というもっと簡単で正確な睡眠測定技術の開発に成功しました。リストバンド型のウェアラブルデバイスを用いて、加速度(腕の動き)の情報から、脳が眠っているか起きているかを推定することができる技術です。
また、このACCEL法を用いて、イギリスで行われた大規模調査で集められた10万人の加速度データを分析し、成人の睡眠パターンを16に分類しました。これにより、「ヒトの睡眠ランドスケープ」と呼ばれる、睡眠パターンの全体像のようなものがわかったのです。
これらの成果を受けて、次は日本人、中でも子どもの睡眠の実態を調査しようということになり、「子ども睡眠健診プロジェクト」が始まりました。
日本人の睡眠時間は、先進国(OECD加盟国)の中で最も短いことが知られています。大人だけではなく子どもでも同様で、0~3歳児の睡眠時間も諸外国と比べて最短です。小学生で9~12時間、中高生で8~10時間の睡眠をとることが推奨されていますが、充分ではない子どもが多いという文部科学省による調査結果もあります。
これは体内時計とも関係があり、睡眠導入ホルモンのメラトニンが分泌される時間帯が思春期・青年期(10~20代)では他の世代よりも遅いことがわかっています。そのため、知らず知らずのうちに遅寝になり、睡眠時間が不足しがちになりやすいのです。
また現代は、電子デバイスの普及などで社会全体の夜型化が進み、睡眠をとりまく環境が悪化しています。だからこそ、睡眠の大切さや自分の睡眠状態をきちんと知って、改善していきましょう。
集まったデータから見えてきたのは、やはり日本の子どもたちは睡眠時間が不足しているという事実で、約半数の子どもは推奨睡眠時間を満たせていません。特に平日の睡眠時間が足りておらず、ほとんどの子どもが休日には平日よりも多く睡眠をとっていることが明らかになりました。これはキャッチアップスリープと呼ばれるもので、平日の不足分を休日に補っているのです。もともと睡眠は基本的に必要以上にはとれないもので、いわゆる“寝だめ”はできません。休日の睡眠時間が多くなるのは、プラスにしているわけではなく、マイナスをゼロに戻そうとしているということです。
さらに、休日は少し遅く寝てすごく遅く起きる傾向が見られました。睡眠のリズムは、眠った時間と起きた時間の真ん中、中央時刻をそろえることが大切なので、休日に多く睡眠をとっても平日よりも早く寝て遅く起きるのであれば、リズムはそれほどずれません。この中央時刻が2時間以上ずれると、社会的時差ぼけと呼ばれる不調な状態になります。毎週末、海外旅行をしているようなものなので、月曜日に時差ぼけ、眠気を強く感じたり、集中力が低下したりしてしまいます。部活や受験などの影響か、中学生になるとこの傾向がさらに大きくなっています。世代的にどうしても“遅寝遅起き”になりやすいので、意識して睡眠スケジュールを管理することが必要です。
もうひとつわかったことが、睡眠調査に対する社会的な需要の高さです。2022〜25年度で、小学生~高校生5万人のデータ収集を目指していますが、すでに多くの学校が参加してくれています。睡眠状態が悪くて授業中に眠ってしまったり、朝起きられなくて不登校の生徒がいたりして、子どもの睡眠に問題意識を持っている先生方が多く、熱意を持って関わってくれます。
また、測定に参加した子どもや先生には一人ひとりの詳しいデータを返して、改善法を伝えています。測定後に学校を訪問して講演を行うと、子どもたちもすごく興味を持って聞いてくれ、時間が足りなくなるほど質問を受けます。関心は高いのに、正しい知識を得る機会が少ないのだと実感しました。そうした機会をもっと広く提供していく重要性も感じています。
現在は、まず実態を把握してベースとなるデータを構築する段階です。先の展開として、睡眠と勉強や運動との関係を明らかにしたり、睡眠を改善した効果を検証したり、睡眠に関する病気の早期発見や治療につなげたりと様々なことが想定されています。協力的な学校も多いので、どんどん取り組みを広げていきたいです。将来的には、健康診断のように年1回の睡眠健診を行うこと、健康を測る指針のひとつとして社会に根づくことを目指しています。
最後に、実際に睡眠の状態を改善するためには、どのようなことを心がければいいのかを教わりました。岸先生のご経験からのアドバイスや、関塾生の皆さんへのメッセージもいただきましたよ!
私は小中高とずっとサッカーをしていて、疲れていても夜しっかり寝るとちゃんと回復する、睡眠時間を削って勉強してもあまり成績は上がらない、などの実体験から睡眠の大切さを感じていました。改めて考えると、人間は人生の約3分の1もの時間を睡眠に費やして生きています。これは何かすごいことが起こっているに違いない、一体何が起こっているんだろう、そんな風に思ったのが睡眠研究を始めたきっかけです。
実際に研究を始めてみると、調べれば調べるほどわからないことが出てくる、神秘的で魅力的な研究対象でした。その謎を試行錯誤しながら自らの力で解き明かしていく過程がとてもおもしろくて、研究の道に進んだのです。また、祖父母や両親が小中学校の先生だったので、もともと教育や人に関わる仕事に興味がありました。小学6年の頃、職業辞典を読んで大学教授の存在を知り、大学にも先生がいるんだ、おもしろそうだなと思ったことを覚えています。
睡眠を改善したい、睡眠時間を増やしたい、と思ってもなかなかできないという人は多いと思います。ですが、睡眠の仕組みを知ると、具体的にどうすればいいのかがわかってきます。例えば、体内時計が夜型化しやすい世代はただ早く寝ようと思っても難しいですが、恒常性の睡眠物質は世代に関係なく、活動すればするほど溜まります。だから早く寝るためには、早く起きて体をしっかり動かすと良いのです。
そして、何よりも心がけてほしいのは、睡眠の優先順位を上げることです。やりたいことがたくさんあると、睡眠時間を削ってしまう人が多いのですが、睡眠は決して無駄な時間ではありません。眠っている間に体の回復や脳の成長など、とても重要なことが起こっているのです。1日は24時間しかありませんが、その中で睡眠時間をどう確保するかを意識してスケジュールを考えてみてください。
受験勉強のアドバイスとしては、バランス、メリハリが大事だと思います。休養、睡眠を充分にとることはもちろん重要で、睡眠により記憶が定着します。ですが、そもそも覚えていなければ定着しようがありません。勉強と睡眠の時間をバランス良く確保しましょう。寝る前に覚えて、起きてから再確認すると、記憶の定着により効果的ですよ。それから、勉強も睡眠も同じように、まずは目標を定め、自分の状態を知って、時間を上手に使えるよう戦略を立てましょう。
振り返ると、私は勉強も運動も全力投球していて、その経験が今の私の土台となっています。だから皆さんも、一度きりの人生、いろいろなことに挑戦してください。努力や経験は必ず将来の役に立つ、豊かな財産になってくれます。ただ、頑張りすぎると疲れてしまいますし、お話ししてきたように、休養、睡眠は戦略的にも非常に重要です。しっかりと睡眠をとることは忘れずに、目標に向けて頑張ってくださいね!
▪生活習慣を整える
規則正しい生活習慣で体内時計のリズムを保つことにより、頭も身体もベストな状態になります。
▪朝は日光を浴び、朝食をとる
起床後、朝食をしっかりとるとともに、日の光を浴びて体内時計のリズムを整えましょう。
▪仮眠・昼寝をしすぎない
仮眠や昼寝をするなら、午後3時くらいまでの時間で、長くても20分以内にすると良いでしょう。
▪適度な運動を習慣づける
日中に適度な運動をすると夜ぐっすりと眠れます。習慣的に運動をすると良いでしょう。
▪夜食は控える
夜遅くに食べる食事は肥満の原因になるとともに体内時計のリズムを夜型化します。夕方に軽く食べておくなど工夫をしましょう。
▪眠りやすい環境を整える
夕方以降はカフェインの摂取を控えましょう。また、日没後はできるだけ暖色系の照明の部屋で過ごすと良いでしょう。
▪布団の中でスマホ、ゲームはしない
寝る前にデジタル機器の発する光を浴びると体内時計が夜型化し、睡眠の質が低下します。寝る直前はデジタル機器の利用は控えましょう。
▪“早寝早起き”によって必要な睡眠時間を確保する
自分が必要な睡眠時間をしっかり確保し、充分な睡眠で脳と身体を休ませましょう。
▪平日と休日の睡眠リズムをずらしすぎない
平日と休日で起床時刻や就寝時刻が大きく(2時間以上)ずれないように気をつけましょう。
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