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わたしの勉学時代

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大学進学を視野に中学受験

私が生まれ育った京都市北区紫竹は、市街地でありながら自然にも恵まれています。
子どもの頃の私は、教育熱心な母からすすめられ、ピアノや書道、絵画などの習い事をしました。シャイな性格を変えるため、小学4年生頃からはボーイスカウトにも入団。体力面だけでなく、精神面も大いに鍛えられたと思います。
年齢の違う子どもたちとキャンプで行動を共にしたことは、とても良い経験になりました。
両親、特に母が中学受験に関心を持った時期は、私のボーイスカウト入団と同じ頃だと思います。当時、母方の叔父が京都大学工学部に通っていました。その叔父から両親が「京大生には、洛星中学校・高等学校の出身者が多い。息子を京大に行かせたければ、ぜひ受験させるべきだ」と聞かされているのを、偶然耳にしたことがあります。その話を聞いて、母が受験に興味を持ったのでしょう。その後、私は洛星中学校を受験することになり、叔父が家庭教師を引き受けてくれました。
初めのうちは模擬テストで思うような結果を出せませんでしたが、コツコツと勉強を重ねていき、小学6年生の時に合格圏に到達。無事に進学できました。

 

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中学受験の時は、参考書『自由自在』を使って勉強しました。4学年下の弟も、叔父に家庭教師をしてもらい、洛星中学校に合格しました。

野球と勉強を両立

中高時代は野球部で汗を流しました。入部のきっかけは、監督の西野文雄先生に騙されたからです(笑)。
当時、体育教諭として着任されたばかりの先生には、「洛星中学校に野球部をつくって大会で優勝する」 という野望があったようです。そんな先生は、1年生の授業で運動神経の良い生徒を見つけるたびに、野球部に勧誘していました。
私は初め硬式テニス部に入っていたのですが、同級生と比べるとわりと大きな体で、足が速く、肩が強いところを先生に見込まれました。「テニス部を辞めて野球部に来い。1年生は球拾いばかりで面白くないだろう?」と力強くおっしゃるのを、私は「いや~」などと言ってしばらくは返答を濁していました。そのまま夏が過ぎ、秋になり、ついに先生が強硬手段に出ました。
「一度でいいから野球部を覗いてくれ。ほんのちょっと見に来るだけでいいから」と頼まれて行ったところ、私のユニフォームに帽子、スパイク、グローブまですべて揃えてあったんです(笑)。
ここまでしてもらったら、転部するしかないですよね(笑)。
そこから野球を始め、中学3年生の時には3番センターで出場した京都市大会で準優勝を果たしました。この後、大学や留学先でもプレーを続けましたので、私にとって 野球はプラスの出合いだったことはまちがいありません。文武両道をモットーに、厳しく温かく指導してくださった西野先生には大変感謝しています。
勉学では、常に学年トップの成績を保つよう努力しました。成績が下がると野球部の印象も悪くなり、休部になる恐れもあるので手は抜けませんでした。しかし、放課後や週末は練習や試合で潰れます。そこで、テスト前の部活が休みになる期間を、いかに有効に活用できるかがカギでした。教科ごとに目標を定め、スケジュールを立てて勉強することはわりと得意でしたね。
限られた時間で結果を出すためには、根性と、効率よく勉強を進めるセンスが必要だと思います。
やみくもに勉強時間を費やすだけではだめですね。

野球が結んだ皮膚科学との縁

生物学の授業で、ワトソンとクリックによるDNA二重らせん構造について学び、「医学や生物化学を学びたい」と漠然と考え ていました。当時、ノーベル賞を受賞して話題になっていた研究に、大いに刺激を受けたことがきっかけです。
そして高校3年生の10月、友人たちと連れ立って東京の予備校へ模擬試験を受けに行きました。現役・浪人問わず東大志望者のほとんどが受けるテストで、実力を試したかったからです。そうしたところ、東大の理科Ⅲ類の合格圏確実という結果を得ました。
11月にも同じ模試を受けに行ったのですが、さらに偏差値が上がっていました。慎重派の私も「偶然の結果ではない」と確信。ところが、高校の先生には反対されてしまいました。
学校に理Ⅲの進学実績や受験データがなく、不安だったのかもしれません。
しかし、リサーチを重ねてきた私からすると、やはり反発したくなります。
そこで、先生には内緒で東大に願書を出してしまいました(笑)。
先生からすると無謀な賭けに見えたかもしれませんが、私からすると冷静に分析した上での結論でした。
東大に進学前から、生物系の研究一本でやっていくのは難しいと感じていました。ノーベル賞を取るような研究者になれる真の天才にはなれないと、自分の実力を分析していたからです。そこで、研究をしながら医師も目指せる医学部を選びました。
大学入学後しばらくは学問だけをしていましたが、どうにも調子が出ず、高校時代と同様にスポーツをすれば気が晴れるだろうと考えました。医学部の野球部には気の合う仲間もたくさんいて、野球を通じて生活のリズムが整っていったように思います。
皮膚科学を専門に選んだのも、実は野球がきっかけだったんです。当時の皮膚科に は野球部の先輩方が多く在籍していました。 久木田淳先生(東京大学誉教授)は野球がお好きで、講師2人に医局長も野球部という下地があったんですね。学生の野球部員たちは、医局対抗野球や皮膚科対抗野球などの試合で審判に呼ばれることが常でした。試合後は必ずと言っていいほど皮膚科から食事に誘っていただき、とても親しくしてくださいました。
初めは選択肢にな かった皮膚科学ですが、徐々に興味を持つようになりました。

 

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高校の同級生に天才がいて、月刊「大学への数学」にも投稿していたほどです(現・東大数学科教授)。彼には敵わないと思いました。私は「自分は天才ではない」と自覚していたので、冷静に実力を見極められたと思います。

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アメリカ留学時代、野球大会で先頭打者ホームランを打ち勝利に貢献した島田先生(写真上・2列目の右から2人目)。米国国立衛生研究所(NIH)の恩師ステファン・カッツ医師と島田先生(写真下)。

世界屈指の研究レベルに!

いざ皮膚科学の研究を始めてみると、大変奥深い分野であることがわかりました。頭の先(頭皮)から足の先まで全身を診るため、研究対象も幅広いからです。しかし、当時の日本の皮膚科学研究は、海外ではほとんど認められていませんでした。
留学した米国国立衛生研究所(NIH)では、日本人がアメリカで競争しながら研究を続けていく難しさを実感したものです。
帰国後は、「日本の皮膚科学研究を、世界屈指のレベルまで引き上げたい」という思いを強く持ち、研究環境を整えることに尽力しました。山梨での研究生活は20年以上になりますが、この間、日本の皮膚科学研究は大いに飛躍したと確信しています。
日本研究皮膚科学会(JSID)の理事長であった2008年には、京都で第5回国際研究皮膚科学会(IID)の会長を務めました。IIDはアメリカ、ヨーロッパ、日本(アジア)が合同で開催する重要な学会であり、私がアメリカ留学していた当時は「日本は研究水準が低い」という理由で参加させてもらえなかった場所です。それを日本で大成功させたことには大きな意味がありました。
IIDでは、世界中から集まった1350もの演題から優秀な34題を審査で選びます。日本はそのうちの11題、山梨大学からは最多の2題が選出されました。ヨーロッパでは全体で5題しか選ばれませんでした。
10年前のIIDで日本はたった2題しか選ばれなかったことを考えると、最高のパフォーマンスができたと確信しています。

「一期一会」と「競争力」

研究とは「世界で初めて」「世界で一番」を見つけ出すことです。それが価値あるものであれば、小さくも大きくてもいいのです。
すぐにお金になったり、薬など形になって儲かったりする成果だけが、研究の価値ではありません。すぐには形にならなくても、人間の“知”を豊かにする研究も重要なのです。その純粋な“知”には大勢を興奮させる価値があります。答えや成果を急くべきではない研究に、日本はもっと目を向けなければならない。そうでなければ将来、日本の研究レベルは必ず低下します。
 山梨大学をご卒業され、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智先生(山梨大学特別栄誉博士)は、「一期 一会」を大切にして過ごし、その積み重ねがノーベル賞につながったとおっしゃいます。皆さんも、日々の出会いを大切に過ごしてください。そして、できれば世界の中の日本を意識して、「競争」が必要な時には力を発揮できる人であってください。
そうした皆さんの努力が、研究や産業などで、日本の将来を切り拓く糧になるはずです。

山梨大学の先端研究

地域の中核となり、また世界で活躍する人材を育む山梨大学では、様々な先端研究に取り組んでいます。燃料電池の本格普及を目指す「燃料電池ナノ材料研究センター」では、高性能かつ低コストの燃料電池研究・開発で注目され、企業と提携して実用化へと着実に進んでいます。
また、国内唯一のワインを専門に研究する「ワイン科学研究センター」は、山梨の特産品の一つであるワインの品質向上のため、先端的な細胞工学あるいは遺伝子工学技術を駆使した基盤研究、 ブドウ栽培やワイン醸造の最新研究などを行っています。
他にも、地球環境問題に大きく貢献する「クリーンエネルギー研究センター」や、魅力的な山梨ブランドを発信する「地域未来創造センター」など、特徴的な取り組みが大学の魅力につながっています。

 

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ワイン醸造学やブドウ栽培学、ワイン品質管理学などを学ぶ「ワイン・フロンティアリーダー養成プログラム」は、文部科学大臣認定「職業実践力育成プログラム(BP)」に認定されています。

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