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わたしの勉学時代

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将来の夢は「石屋さん」

 群馬県には、かつて鬼石という町名がありました。現在は藤岡市に編入されています。群馬と埼玉の二県にまたがる神流川の、ちょうど谷口付近にありました。この鬼石が、私の生まれ育った土地です。自然豊かな里山であり、昭和30年代はまだ戦後の雰囲気が色濃く残っていました。
 鬼石は三波石という庭石の産地です。神流川上流には三波石峡という景勝地があり、国の名勝、天然記念物に指定されています。三波石は全体が青緑色をしていて、そこに白い縞模様が入っているのが特徴で、昔から庭石として高値で売り買いされていました。鬼石の人々は、その高価な三波石を庭木と一緒にトラックの荷台にめいっぱい積み込んで、東京まで造園に行っていたんです。高度経済成長期の日本は建設ラッシュで、新しい家が次々と建てられました。そうしたところに需要があったのですね。
夜中になると大きなトラックが何台も東京に向かって走って行きます。そして数日後に石を売り切って帰って来る。子ども心に華やかな職業に見えていました。小学校の頃などは多くの級友が「将来は石屋さんになりたい」などと言っていたものです。
 そんな私の実家は、石屋ではなく金物屋でした。生活金物から建材金物、鋸や鉈などの道具まで幅広く取り扱っていました。兄と姉はもちろん、末っ子の私も仕事を手伝ったものです。両親を手伝うのは当然だと思っていました。
 私は何を手伝っていたかというとツケ の回収です。当時、支払いは月末などにまとめていました。小学生が町内の家々を回ってツケを支払ってもらい、自分で領収書を切るわけです。そして、集金した合計から1%を自分の小遣いにすることが許されていました。千円だったら10円ですね。月に1万円を集金すれば100円の小遣いになり、当時の子どもにとってみればなかなかの収入になりました。振り返ってみると、働いた分だけ収入を得る仕組みはとても良い教育であったと思います。また、そろばん教室に通ったこともあり、計算は得意でした。

 

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家の手伝いで重たい金物を運んでいたので、今でも上半身の筋肉はそれほど衰えていません。釘が1箱で25kg、これを小学校高学年になると両手で2箱運んでいました。

人から喜んでもらうこと

 幼い頃の出来事で印象的だったものの一つに、祖母とのやり取りがあります。明治時代の生まれだった祖母は、大変厳しい人でした。その祖母に「働くことは金儲けではない」と教えられました。「人様の役に立って喜んでもらうことを、働くというのだ。その結果として収入があるのだ」という言葉は、今でも鮮明に覚えています。
私の原点となった教えです。
 よくいる田舎の小学生という感じで、川で泳いだり、神社の境内で遊んだりと、のんびりと過ごしていました。両親や祖母に
勉強について厳しく言われたこともありません。中学生になってもそれは変わりませんでしたが、テストの結果にはこだわっていました。そこにはプライドのようなものがあったからです。田舎ですので、私が金物屋の息子であることは誰だれもが知っていました。
だからこそ「あの家の末っ子は出来が悪い」と思われるのがいやだったのですね。勉強でいいますと、算数や数学、理科は好きでしたね。一方で暗記物の英語や社会科は苦手でした。
 中学校では生徒会の副会長を務めました。
その顧問をされていた先生から、卒業時にカミュの小説『異邦人』をいただいたことを覚えています。これまでの経験の範疇から飛び抜けた、想像の範囲を超えた難解な作品で、大人への階段の第一歩となる一冊となりました。先生との思い出はたくさんありますが、中でも「どうすれば人から喜んでもらえるか考える」ことの大切さを説いてくださったことが心に残っています。それは祖母の言葉とも重なって、私の進路選択に大きな影響を与えました。中学時代は、しばしば「どのような職業に就けば、人の役に立ち、喜んでもらえるのだろう?」と考えたものです。最初は医者になろうと思ったのですが、血が苦手で、魚の解剖すらもいやだったので向いていないと思いました。

     
     
     

模試対策のため机に向かう

 勉強に身を入れだしたのは、中学2年生の3学期からです。
3年生から毎月模試を受けることになり、その結果は順位となって共有されると知りました。「恥ずかしい順位になったらいやだな。高校でもしっかりと勉強したいから、良い成績を残さないと」と思い、次年度へ向けて1月あたりから机に向かうようになったのです。
ところが、ここで思わぬ困難にぶつかりました。
一言で表すと、勉強の仕方がわかりませんでした。それまでは定期考査対策ばかりで、直近の授業内容を復習すればよかったのですが、模試では中学3年間すべてという途方もない広範囲に対応しなければなりません。
何とか教科書や問題集を頼りに手探りで勉強を続けたところ、3年生の4月の半ばにあった模試で県内トップクラスの成績をおさめることができました。
とても嬉しかったのですが、「一発屋と思われないために、もっと勉強しなければ」という変なプレッシャーになりました。それが結果として成績キープにつながったのですが、模試は大嫌いなイベントでしたね(笑)。
 高校は群馬県立高崎高等学校に進学しました。県内きっての進学校でしたが、ゲタをはいて通学する旧制中学校以来の自由な雰囲気を持つ男子校で、大変過ごしやすかったです。
数学部に入り、時間があれば部室で仲間と過ごしました。
数学部とは名ばかりで、部室ではトランプや将棋をするのが主で、楽しかったですね。いろいろな議論を交わしたりもしました。

 

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中学校では言語部と科学部に所属していました。科学部では、地域の水質調査に取り組んだことを今でも覚えています。

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高校時代の友人たちと、秋の天神平(群馬 県)にて。右が石田先生。

     
     

没頭できる分野との出合い

 大学受験の際、理科は物理と地学を選択しました。
地学の授業は特に面白かったです。プレート理論を知って「地面が動いているなんて、大変なロマンだ!」と感動したことも覚えています。この時の感動が、後の研究につながっていきました。また、映画『アラビアのロレンス』を観て、砂漠の美しさにすっかり魅了されたことも大きかったですね。同じ頃にジャーナリストの本多勝一さんが書かれた『アラビア遊牧民』を読み、砂漠に暮らす人々との大きな違いにカルチャーショックを受けたことも一因になりました。当時は環境問題への関心が高まり、砂漠の緑化への試みも話題になっていて、「人の役に立つ」分野として興味はますます深まっていきました。
 東京大学の理科二類に入学した後も、いろいろと進路に迷いがありました。友人たちと議論をしながら自分のやりたいことを模索した結果、やはり「人のために役立つことがしたい」と思い至りました。そこで志望したのが、かねてから興味のあった砂漠の緑化研究にもつながる農業土木の分野です。ところが、それに関連する研究室は競争率が高く、ジャンケンに負け残念ながら入れませんでした。
 こうしたいきさつで、土と水の基礎研究に携わることになったのですが、実際に始めてみると大変興味深い分野であることがわかりました。常に研究のことが気がかりで、大学院時代は作業をする必要がない時でも、家にいるより大学にいたほうが安心するほど没頭しました。研究者時代は、モデルのシミュレーションの結果と現場の状況が一致しなくて、眠れない日々が続いたこともあります。
そんな時、「机上の計算ではなく現場を見て学びなさい。現場には課題も解答も隠されている」と上司に背中を押していただき、
エジプトや中国の砂漠、さらには東南アジアの水田や熱帯林の調査など様々な場所に同行させてもらいました。
この経験が、幅広く地球環境への興味につながっていきました。とても有り難かったですね。

     
     

「まずはやってみる」の精神

 博士号を取得した時、恩師から「学位とは、単に学んだということの証だけではなく、位がついてくる。それはつまり、君の人間としての品位・品格が問われているということ。それを忘れないように」という言葉をいただきました。学問によって人間性が高められるということを、皆さんもぜひ心に留めておいていただきたいと思います。
 これからの人生、思う通りにいかないこともあるでしょう。そんな時でも、歩き続けてさえいれば、必ず先に進めます。かつての私がそうだったように、どこかには辿り着けます。
そこには、思いもしない新しい道があるかもしれません。また、思い通りにいかないことを経験すれば、視野が広がり、世界の見え方も変わってくるかもしれません。「人に役立つ」というビジョンと「まずはやってみる」の精神が、皆さんを変えてくれるはずです。困難にぶつかっても、大丈夫ですよ!

宇大スピリット「3C精神」

 宇都宮大学が大切にしている宇大スピリット「3C精神」。3Cには、Challenge(主体的に挑戦し)、 Change(時代の変化に対応して自みずからを変え)、 Contribution(広く社会に貢こう献けんする)という意味が込められています。学生と教職員が一体となって、明るい未来を切りひらいていくキャンパスの雰囲気が伝わる、ステキな言葉ですね。教員1人あたりに学生はおよそ3人ということで、親しん身み できめ細こまやかな教育を実現する同大学。「浴あ びる英語」をテーマにした『EPUU(基き 盤ばん教育英語プログラム)』や、石田先生と直接意見を交こう換かんし合える『学長ティータイム』など、独自の取り組みも魅力です。


 

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「3C精神」を紹介する宇~太。後ろのフラン
ス式庭園は、峰キャンパスにある登録記念物
(名勝地)です。宇~太の部屋(http://www.
utsunomiya-u.ac.jp/utility/u-taroom.php)
もぜひチェックしてみましょう!

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