「くずし字」とは、江戸時代以前に広く使われていた、漢字をくずして書いた文字のことです。ぐにゃぐにゃとつながっていてわかりにくく、古い時代の資料に書かれている内容を知りたくても、今の私たちには簡単に読むことができません。そこで必要となるのが「翻刻」、くずし字を現在使われている活字に直し、資料を利用しやすくする作業です。しかし、歴史や古典文学の研究者などの限られた専門家だけで全ての資料を翻刻することは到底できません。
そこで、一般の人々にも翻刻を手伝ってもらおう、と始まったのが今回紹介する「みんなで翻刻」プロジェクトです。誰でも参加できるので、皆さんもくずし字解読に挑戦してみましょう!
立ち上げから中心メンバーとして活動されている国立歴史民俗博物館の橋本雄太先生と東京大学地震研究所の加納靖之先生に、「みんなで翻刻」プロジェクトの特徴やこれまでのお話を伺いました。
大きな地震は数十年、数百年という長い周期で起こるため、地震研究では昔の記録を調べます。しかし、理系の地震研究者にはくずし字を読める人が少なく、古文書などの記録を読み解くには文系の専門家の助けが必要でした。千年に一度の規模と言われた東日本大震災の後、昔の地震をもっと調べるために地震研究者自身も古文書を読み解けるようにしようと京都大学古地震研究会が結成されました。
活動を始めて数年後、コンピューターを使って古文書を読むためのシステム開発の研究と結びつき、くずし字学習支援アプリ「KuLA」の開発に至りました。それほど利用する人はいないだろうとの予想に反して、公開後1か月で1万回以上ダウンロードされたのです。そこで、くずし字を読みたい人がこんなに多いのならば、一般の人々にも参加してもらって地震の資料を読み解いていくことも可能ではないか、とプロジェクトが始まり、2017年1月に「みんなで翻刻」WEBサイト(https://honkoku.org)が公開されました。
「KuLA」も「みんなで翻刻」も、専門家ではない一般の人にもくずし字を読んでもらえるように、参加しながらくずし字の勉強ができるようになっています。基本は「まなぶ」「よむ(翻刻する)」「つながる」の3つ。参加者は、まず「KuLA」やAIによるくずし字認識機能を利用して、くずし字の基礎を学びます。次に、収録されている資料の中から興味のあるものを読みます。そして、読んでわからなかった箇所があれば、他の参加者と共有して一緒に考えることができるのです。
最初の目標は、東京大学地震研究所図書室の災害資料コレクションのひとつ「石本文庫」を翻刻することでしたが、予想よりずっと速く、「石本文庫」だけではなく地震研究所の災害資料全体の翻刻が2019年3月に全て終了しました。そこで今度は、災害以外の歴史資料にも対象を広げ、2019年7月にリニューアル、現在に至っています。リニューアル後も「まなぶ」「よむ」「つながる」の基本は同じ。それぞれ詳しく見ていきましょう。
まずは、くずし字の基礎を学びましょう。現在は、ひとつの音にひとつのひらがなが決まっていますが、昔は何種類もありました。これらのひらがなを「変体仮名」と言い、くずし字の学習は変体仮名を覚えることから始まります。
専門家に習ったり、辞典を引いたりする学習方法ももちろんありますが、「KuLA」を使えば、誰でも簡単にゲーム感覚で取り組むことができます。また、「みんなで翻刻」では、AIによる自動くずし字認識機能を使うこともできるので、覚えきれていなくてもそれほど心配ありません。
①機能の使い方と学習の基本を確認。
②文字ごとに詳細と用例を確認。
③覚えたらテストに挑戦!
無料アプリ「KuLA」のダウンロードはここから!
https://kula.honkoku.org/
よく出るけれど、現在使われるものとは全く形が違い、読みにくい文字の例を挙げます。
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次は、実際に資料を読んでみましょう。「KuLA」には『方丈記』『新版なぞなぞ双六』『新刃銘尽後集』が収録されています。そして、「みんなで翻刻」では15個のプロジェクトが進行中です。今回はそれらの中から比較的読みやすいものを数点掲載します。
資料の横のマス目は、もとの資料と字数をそろえて、漢字のマスなどを埋めたものです。ひとつのマスにひとつの文字、空いているマスには全てひらがなが入ります。1行のマスの数や埋まっているマスの位置を手がかりにして、残りの文字を解読してみてくださいね!
鴨長明による鎌倉時代の随筆文です。有名な冒頭部、知っていますか?
百人一首の絵入りの注釈書です。和歌の部分を読んでみましょう!
地震は地中に住む鯰が動くと発生するため、鹿島大明神が鯰を要石で押さえつけて地震を防いでいる、という伝承があります。安政の大地震後、この伝承をモチーフとした「鯰絵」が大流行しました。
この絵もそのひとつで、地震を起こした鯰が鹿島大明神に取り調べを受けて──さて、何と言っているのでしょうか。
そして、「みんなで翻刻」では、翻刻をしながら他の参加者と交流することができます。見てきたように、くずし字にはひらがなだけでも何種類もあり、初めて読む人が正確に翻刻するのはとても難しいです。そのため、参加者がお互いに読み方を教え合えるように工夫されています。
「添削希望」の仕組みがそうで、自分の翻刻に自信がない時は「添削希望」の欄をチェックしておくと、他の参加者に添削してもらえて、コメントでのやりとりもできるのです。現在、登録者は1000人を超えていて、うち300人ほどの人が日常的に翻刻に参加しているとのこと。たくさんの人と交流できそうですね!
近年、図書館などの資料を電子データ化して保存し、インターネットで公開するデジタルアーカイブの普及が進んでいますが、これらの多くはまだ翻刻されていません。
そこで、「みんなで翻刻」では、これらを翻刻するため、図書館や博物館などの様々な機関と提携しています。内容も、災害資料、仏典、文学作品など多岐にわたっていますし、浮世絵など文字だけではなく挿絵もあるものや、映画のポスターなどくずし字の使われていないものもあります。資料の翻刻に参加するには、Google・Twitter・Facebookいずれかのアカウントが必要ですが、アカウントがなくても閲覧は可能です。いろんな資料を眺めるだけでも楽しいので、気軽にアクセスしてみてください。
橋本先生も加納先生も、「みんなで翻刻」に関わる前は、くずし字を全く読んだことがなかったそうです。ご自身の専門分野との関わりや、「みんなで翻刻」の今後についてのお話を伺いました。
──ご専門分野と「みんなで翻刻」との関わりや、今後の展望をお聞かせください。
加納先生「私はもともと地震学が専門で、京都大学の中西一郎名誉教授にお誘いを受けて古地震研究会に参加しました。最初は全く読めず、皆を待たせてしまうばかりで、針の筵に座るような思いでしたね(笑)。」
橋本先生「私が参加したのは博士課程の学生の頃で、私の指導教官と加納先生が試験監督として偶然知り合われたのがきっかけです。修士までは西洋科学史を専攻し、一般企業でエンジニアとして勤めた後、博士では人文情報学、コンピューターを歴史学にどう活かすかという研究をしていました。ドイツ語の手書き資料は読んでいたので、日本語なんだからすぐ読めるだろうと思っていたのですが、やはり全く読めませんでした(笑)。」
加納先生「それでも続けるうちにだんだん読めるようになってきますし、パズルを解く感覚にも似ていて、ぱっと読めた時はとても爽快です。また、研究会に参加されている様々な方とのつながりができ、全然知らない分野についても勉強できました。大変有意義なことで、今後ももっと広げていきたいと思っています。」
橋本先生「今後は、提携機関をもっと増やして、一般の人たちに広く使ってもらえるような仕組みにすることが目標です。例えば、ウィキペディアや青空文庫のように、本当に多くの人が知っていて気軽に使える、そんな存在になってほしいですね。」
──関塾生の皆さんへのメッセージをお願いします。
橋本先生「小さな頃は本を読むのが好きで文系に興味がありましたが、だんだん理系やコンピューターに興味が出てきて、今では最初に思い描いていたのとは全く違うことをやっています。くずし字も、読めるようになると博物館の古文書など今まで視野に入っていなかった世界が見えるようになって、すごくおもしろかったですね。興味は移り変わるものなので、皆さんもなるべく広い範囲のことに触れてみてください!」
加納先生「受験で理系文系に分かれても、また一緒に仕事をすることもあるし、社会に出てから自分の興味のある分野を勉強し直すこともありますので、あまり区別せずに勉強してもらえればいいのかなと。それに、必要に迫られてではなく、少し興味があるな、やってみたいなという思いで始める方が楽しく学べます。ちょっと覗くだけでも大歓迎なので、「みんなで翻刻」にもぜひ参加してみてくださいね!」
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