伝統芸能とは、日本で古くから伝えられてきた演劇や音楽のことです。何百年も続いており、今や世界からも高い評価を受ける、日本の誇る文化です。様々な種類があり、歌舞伎などの代表的なものは国語や社会の授業でも習いますが、実際に観に行ったことはありますか?
今回は、文楽(人形浄瑠璃)の本場、大阪にある国立文楽劇場を訪れ、文楽の魅力や鑑賞のポイントについてお話を伺いました。文楽ならではの、人形だからこそできる表現とはどのようなものなのか。文楽について詳しく知ったり、実際に観たりして、その魅力に触れましょう!
伝統芸能には多くの種類があり、成立した時代や地域ごとに様々な特色があります。歌舞伎などの演劇、楽器の演奏や歌などの音楽、神事での舞や地域の踊りなどの舞踊、落語や漫才などの演芸と、主に4つのジャンルに分けるのが一般的です。
中でも代表的なものが演劇で、文化庁が運営するサイト「文化遺産オンライン」での「伝統芸能」の項目を見ると「能楽」「文楽」「歌舞伎」「音楽」「その他」と分けられています。「能楽」「文楽」「歌舞伎」の3つは、日本のユネスコ無形文化遺産にも最初に登録されました。今回取り上げる文楽はもちろん、他の2つについても、それぞれの歴史や特徴をおさえておきましょう!
能楽
能楽とは「能」と「狂言」を合わせた呼び方です。その由来は古く、奈良時代に中国から歌舞や音楽、物まねなど様々な内容を持つ「散楽」が伝来し、もともと日本にあった芸能と混ざって「猿楽」と呼ばれるようになりました。猿楽は滑稽な要素が強いものでしたが、室町時代に観阿弥・世阿弥の親子が、歌や舞の要素を強めて能として大成させました。同時に、能とは対照的に笑いや対話の要素を強めた狂言も成立していき、能と狂言は同じ舞台で交互に上演され、やがて単独でも上演されるようになりました。
成立過程からもわかるように、能と狂言は対照的なものです。能は、仮面をつけて演じ、せりふや舞が中心となって話が展開します。亡霊や精霊など人間ではないものが主役となり、怪しかったり不思議だったりする話が多いです。対して狂言は、基本的には仮面をつけずに演じ、登場人物同士の会話が中心となって話が展開します。どこにでもいるような人物が主役となり、日常的なできごとを題材とした明るい話が多いです。
歌舞伎
歌舞伎の始まりは、江戸時代初期に出雲阿国という女性が始めた奇抜な服装で踊る「かぶき踊り」にあるとされています。次第に三味線などの音楽も取り入れた歌舞伎へと発展し、大流行しました。しかし、人気がありすぎて取り締まりが厳しくなり、女性が演じることが禁止されたため、男性のみで演じる現在の形となりました。
派手な化粧や服装を用いて演じ、江戸時代以前の歴史上のできごとを題材とする「時代物」と、江戸時代当時のできごとを題材とする「世話物」があります。大胆な演技や、盛り上がる物語構成、大がかりなしかけなど、観客を楽しませるための様々な工夫が詰め込まれており、大変な人気を集めました。
文楽
文楽は「人形浄瑠璃」とも言います。「人形」とは、人形を遣う芝居のことで、古く平安時代の書物にすでに人形遣いの集団があったことが記されています。「浄瑠璃」とは、物語に節と音楽をつけて語る「語り物」のことで、鎌倉時代に成立した『平家物語』を琵琶の演奏と共に語っていた「平曲」が起源とされます。琵琶に代わって三味線を使い、他の物語も語るようになったところ、『浄瑠璃姫』の物語が特に人気だったので浄瑠璃と呼ばれるようになりました。そして江戸時代に人形と浄瑠璃が組み合わさって人形浄瑠璃が生まれました。
初期の人形浄瑠璃には様々な流派がありましたが、17世紀末頃、竹本義太夫という語り手が大阪の道頓堀に人形浄瑠璃の芝居小屋「竹本座」を開き、劇作家の近松門左衛門が書いた作品を上演しました。この作品は他派を圧倒する人気を得て、義太夫の始めた節や音楽で語る「義太夫節」が主流となりました。その後、いくつもの座が開かれましたが、明治時代には植村文楽軒が開いた「文楽座」を残すのみとなったため、人形浄瑠璃そのものが文楽と呼ばれるようになったのです。
文楽では、語り手と三味線弾き、人形遣いが、息を合わせて物語を演じます。語り手は「太夫」と呼ばれ、登場人物のせりふや気持ち、場面の状況説明まで全て一人で語り分けます。三味線は登場人物の心情や情景を奏でます。そして、物語を目で見える形で表現するのが人形です。頭・顔と右手を操作する「主遣い」、左手を操作する「左遣い」、足を動かす「足遣い」の3人で1体の人形を遣います。物語は、歌舞伎と同様に時代物と世話物があり、歌舞伎と文楽の両方で上演される演目も多いです。
文楽の主な公演場所は、大阪の国立文楽劇場と東京の国立劇場の2か所で、どちらの劇場にも文楽専用の舞台が備わっています。今回は国立文楽劇場を訪れ、夏休み文楽特別公演の第1部・親子劇場を鑑賞しました!
第2次世界大戦後の1955年、文楽は国の重要無形文化財に指定され、その後、1963年からは国・大阪府・大阪市などによって設立された文楽協会が運営することになりました。そして、文楽を安定的に上演するための劇場として、1966年に東京の国立劇場、1984年に大阪の国立文楽劇場が開場しました。
文楽の舞台は、人形浄瑠璃の世界に入りやすくするため、様々な工夫が凝らされています。まず、客席の正面は人形が演じる場所で、人形の足が宙に浮いて見えないように「手摺」と呼ばれる板があります。手摺が人形にとっての地面になるのです。次に、人形が観客の目線よりも高くなってしまわないよう、人形遣いは「船底」と呼ばれる一段低くなっている場所で人形を遣います。そして、太夫と三味線弾きは舞台の正面ではなく、観客から見て右手前の客席に向かって張り出している「床」という場所で義太夫節を演奏します。床には「盆回し」という回転するしくみがあり、盆がくるりと回ると、太夫と三味線弾きが座った状態のまま、舞台に登場します。
文楽の最大の特徴は、義太夫節に合わせて演じられる3人遣いの人形劇であること。人形ならではの表現に注目しましょう。
小木曽さん「親子劇場では、今回の『舌切雀』のように皆が知っていてわかりやすい作品を扱っています。知っている話がこんなお芝居になるんだと。子どもたちに文楽の表現を楽しんでもらうことが目的です。」
小河原さん「例えば『舌切雀』では、雀が空を飛ぶ場面があります。これは人間が演じていると難しいですよね。動物の動きのような人間ができないものでも人形だと表現できるのです。」
小木曽さん「また、文楽には独特の“間”があります。例えば、人形の両手を合わせる動きの時、主遣いが右手、左遣いが左手を出しますが、手の位置はどちらからも見えていません。そこで、主遣いが右手を出してから左遣いに合図をするのですが、左遣いが指示を理解して左手を合わせるまでの間ができます。」
小河原さん「当然、義太夫節にも人形の動きに合うように間があります。ですが、太夫・三味線と人形は舞台上でかなり距離があり、お互いの姿を確認できません。それでも見事に合いますが、それぞれの間は違うかも? と感じることもあるんです。」
小木曽さん「慣れるとそういう楽しみ方もできるので、ぜひ文楽の〝間〟を味わってみてくださいね。」
小河原さん「今はコロナ禍の影響もあり、インターネットでの映像配信も行っていますが、観客も一緒に手拍子をするなど映像では伝わらない演出もあります。できれば実際に来場して、劇場で観るからこその一体感や臨場感を経験してもらいたいです。」
文楽には様々な演目があります。どのような話があるのか確認しましょう。
小河原さん「文楽は、江戸時代に書かれた話が古い大阪弁で語られます。そのため、最初はやはり難しいと感じるでしょうが、それでも構いません。大体のあらすじがわかっていれば充分です。」
小木曽さん「もっと言えば、よくわからない話だと思っていても楽しめます。例えば、私の好きな『鑓の権三重帷子』という演目は、不倫していると誤解された男女が、誤解なのになぜか駆け落ちをして最後には女性の旦那さんに討たれる、という話です。最初に観た時、どうしてこんな意味のわからない話が残っているんだろうと思いました(笑)。ですが、夏の夜、遠くにはお祭りの灯が見えて、手前では2人が死んでしまうという最後の場面が印象的で、話の筋ではなく芝居の雰囲気が好きなのです。」
小河原さん「私たちですら、そう思うような話があるくらいなので、最初から全てをきちんと理解しようとする必要はありません。語りの内容がわからなくても、人形の動きがすごいとか、三味線の響きが好きとか、全体の雰囲気を楽しむつもりで気楽に観てくださいね。」
小木曽さん「演目は、江戸時代に作られた伝統的なものだけではなく、夏の公演を中心に新作にも取り組んでいます。*1シェイクスピアの作品を原案とするものもあるんですよ。たくさんの演目の中に、好きだと思えるものがきっとあるはずです。」
*1ウィリアム・シェイクスピア。16~17世紀にかけて活躍したイギリスの詩人・劇作家。世界演劇史を通じて最大の劇作家と評される。
文楽を継承していくため、様々な取り組みが行われています。
小河原さん「芸能を残していくのは、国立の劇場としての使命です。代表的な取り組みに、1972年に始まった技芸員(太夫・三味線・人形)研修制度があります。熱意があれば文楽に関係ない一般家庭の出身でも入門できます。もともと文楽は世襲制ではないため、実力さえあれば歴史のある名前を襲名できるのです。今では技芸員の半数以上が研修生の出身です。」
小木曽さん「また、今年の4月には人気ゲーム『*2刀剣乱舞 -ONLINE- 』とのコラボレーションも行いました。文楽には、宝刀「小狐丸」誕生の物語である『小鍛冶』があり、ゲームにも刀が姿を変えて戦士となった刀剣男士「小狐丸」というキャラクターがいることから実現しました。『小鍛冶』は狐の神様が出てくる、文楽ならではの表現が生きる演目です。小狐丸の文楽人形を制作して話題になり、演目も見事にはまったことで、若い女性を中心に大きな反響がありました。」
小河原さん「文楽の表現方法は海外でも高く評価されていて、ディズニーミュージカル『ライオンキング』などにも取り入れられています。こんな方法があると知っていれば、文楽以外の作品に触れる時にも役に立つかもしれません。」
小木曽さん「そして、文楽に限らず伝統芸能に触れると今の価値観を相対化できます。文楽には人が死ぬ話が多いですが、皆さんが観ると、どうしてこんな理由で死を選ぶんだろう、と不思議に感じると思います。そういうものにたくさん触れると、今の自分の悩みも時代や見方が変わればたいしたことじゃないかもしれないと考えられるようになるのです。そんな風に、文楽が楽しく生きる手がかりになれば嬉しいです。」
*2刀剣が戦士へと姿を変えた「刀剣男士」と共に歴史を守る戦に出るPCブラウザ&スマホアプリゲーム。若い女性を中心に人気がある。
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