イグノーベル賞は、“人々を笑わせ、考えさせる”研究に与えられる賞。1991年の創設以来、30年にわたって、ユーモラスで奇想天外な研究や発明に授与されています。中には“なぜこんな研究を?”と首をかしげたくなるものもありますが、一見無意味で滑稽に思える研究も、そのきっかけは、社会を良くしたい、人の役に立ちたいという視点に立ったものも多く、まさに“考えさせられる”研究です。
日本は昨年まで15年連続でイグノーベル賞に輝いている受賞常連国。16年連続の受賞となるか、9月の発表に注目しましょう!
“裏ノーベル賞”や“ノーベル賞のパロディ”と言われるイグノーベル賞。日本人が受賞したというニュースを見たことがある人も多いのでは? 肩ひじを張らずに、科学的な研究や発明を楽しめる祭典――それがイグノーベル賞です。
Q1 誰が創設したの?
アメリカのユーモア系科学雑誌『Annals of Improbable Research』(風変わりな科学雑誌)の編集長マーク・エイブラハムズさんが1991年に創設しました。マークさんは、毎年9月に開催される授賞式では司会を務めています。
賞をつくったのは、「おもしろいのに埋もれている業績を世に広め、他の誰もやりそうにない研究を行った並外れた探究心と想像力を称賛することで、科学や機械、テクノロジーへの関心を高めたい」と思ったから。ただし、時には皮肉や風刺の意味を込めて授与されることもあります。
Q2 どんな賞があるの?
ノーベル賞と同じ、化学、物理学、経済学、医学、文学、平和があり、その他に、音響学、交通工学、栄養学、鳥類学、昆虫学、心理学、動力学(年ごとに変わる)などの部門が随時追加され、毎年10部門前後が選出されます。
Q3 誰が選定するの?
マークさん率いるイグノーベル賞委員会です。委員会のメンバーは、マークさんが編集長を務める科学雑誌の編集者や科学ジャーナリスト、ノーベル賞受賞者を含む多くの科学者たち。
選考の対象となるのは世界中から集まった1万件ほどの研究や発明などで、自己推薦も可能ですが、自薦の場合はほぼ選ばれないのが通例。
Q4 授賞式はどこで? どんな式典?
アメリカ・マサチューセッツ州、ハーバード大学のサンダースシアターで行われます。式の初めに観客が紙飛行機を作り舞台めがけて投げるのが慣わしで、会場では紙飛行機が乱れ飛び、舞台上にはたくさんの紙飛行機が散乱。これを掃除する係を、ハーバード大学教授で2005年にノーベル物理学賞を受賞したロイ・グラウバーさんが長年務めたことはよく知られています。
授賞式に参加する人は、たとえ受賞者であっても旅費や滞在費は自己負担。受賞スピーチでは笑いをとることが求められます。授賞式は2020年からオンラインとなっており、今年の開催は今のところ未定。
Q5 賞金や賞品は?
賞金は原則ありませんが、10兆ジンバブエドルが授与されたことも。とは言っても、10兆と記された紙幣1枚で、資産価値はほぼゼロ。賞品は毎年変わりますが、謎のオブジェ1つという場合が多いようです。
日本がイグノーベル賞の受賞常連国である理由についてマークさんは、「日本人はこの風変わりな地球と向き合い融和する、類まれな性格を持っているから」と説明しています。類まれな性格によって生まれた研究や発明にはどんなものがあるのか、ご紹介しましょう。
※受賞者の所属・肩書は、イグノーベル賞受賞時のものです。
滋賀医科大学の今井眞先生、香りマーケティング協会の田島幸信理事長らで結成されたチームは、わさびを使った火災報知器を開発した業績によって化学賞を受賞しました。“わさび火災報知器”は、わさび成分を噴射し、その刺激で眠っている人を起こし火災を知らせるというもの。
開発のきっかけは、聴覚障害を持つ人の不安をなくしたいという思いからでした。非常ベルが鳴っても聞こえない聴覚障害者は、就寝中に火災に遭うことを心配する人が多いという事実を知り、聴覚に頼らず香りで火災を知らせる装置が作れないかと開発に着手。コーヒーやみそ汁、腐った卵のような不快なにおいなどで試行錯誤を重ねた結果、わさびのツーンとした刺激が適しているという結論に至りました。
警報装置の中にはわさび成分を噴射するスプレーが入っており、報知器が火災を感知すると信号が送られ、わさび成分が20秒間噴射される仕組み。完成品で試したところ、実験をしたほぼ全員が1~2分以内に目を覚ましたそうです。
産業技術総合研究所の栗原一貴先生とお茶の水女子大学の塚田浩二先生は、迷惑を顧みずに話し続ける人を黙らせる装置「スピーチジャマー(SpeechJammer)」を開発し、音響学賞を受賞しました。このネーミングは、英語の「jam(物や言葉を詰まらせる)」と日本語の「邪魔」をかけ合わせたもの。
スピーチジャマーには、話す人の声を拾うマイクと、装置を向けた相手にしか音が聞こえない指向性スピーカーが搭載されています。マイクが拾った声をほんの少し(0.2~0.3秒)遅らせて本人に聞かせ、脳を混乱させて話し続けられなくする装置です。
人工的に声を遅らせて聞かせることを「遅延聴覚フィードバック」と言い、これが起こるとほとんどの人は、言葉が詰まったり言い間違いを繰り返したりしてスムーズに話せなくなり、ついには黙ってしまいます。この原理を利用したこの装置、もし使えたら誰に試したいですか?
マウスに心臓を移植すると、通常は免疫機能が働き、移植された心臓は異物とみなされ、拒絶反応が起きて8日ほどで止まってしまいます。ところが、オペラの楽曲『椿姫』を聞かせたマウスは拒絶反応が抑えられ、生存期間が延びる――。このユニークな研究で医学賞を受賞したのは、帝京大学の新見正則先生らのグループです。
新見先生らは、『椿姫』を聞かせたマウスは最長90日、平均で約40日心臓が動き続けることを確認。他の音楽でも実験したところ、モーツァルトは約20日、アイルランドの歌手エンヤの歌声は約10日という結果でした。日本の演歌歌手・石川さゆりさんのヒット曲『津軽海峡冬景色』や尺八の音色、地下鉄や工事現場の音では効果はなく、オペラを聞かせた時が最も長生きだったということです。
家でごはん作りのお手伝いをした時に、「玉ねぎを切るとなぜ涙が出るのかな?」と思ったことはありませんか? この謎を解明して化学賞を受賞したのは、石川県立大学の熊谷英彦学長と、今井真介さんをはじめとするハウス食品の研究グループ。
この研究が発表されるまでは、玉ねぎを切る時に発生する成分が酵素1つに反応し、涙を誘う成分(催涙成分)に変わると考えられていました。ところが実はもう1つ、隠れた酵素の働きも重要で、これら2つの酵素反応が起きない限り、涙は出ないことを明らかにしたのです。
この2つの酵素の働きを抑えれば、催涙成分が作られない玉ねぎができるはず――。ハウス食品はこの研究結果から“涙が出ない玉ねぎ”の開発に成功。辛みが少ないので水にさらす必要がなく、特有のにおいも手につきにくく調理しやすいそうですよ。
偶然から不思議な現象を発見したり、ふと感じたギモンを調べたら意外なことがわかったり……。そんな海外の一風変わった研究を取り上げました。これらからは、研究者たちの遊び心と真剣に研究に取り組む姿勢がうかがえます。
ロシア生まれオランダ人物理学者のアンドレ・ガイムさん(写真)は、強力な磁場を作り、その中に生きたカエルを浮き上がらせる研究で物理学賞を受賞しました。
水には磁気に反発する「反磁性」があります。カエルは体内に多くの水を含んでおり、強力な磁場の中に入れると磁力に反発する力(=反磁性磁気力)が生まれ、この力によってふわふわと宙に浮かぶのです。
この発見は偶然生まれたものでした。ガイムさんがオランダの大学で超電導の研究をしていた時のこと。ある日、イライラしていた彼は、故障する恐れがあると知りながら、実験機器の電磁石のパワーを最大にして水を流し入れてしまいました。すると、流し入れた水が電磁石の中央にある穴に溜まり、水の玉が浮き始めたのです。
この光景を見たガイムさんは、体内水分量の多いカエルでも実験し見事に成功。困惑した様子で足をもごもごさせる“空中浮遊カエル”を誕生させました。トマトやイチゴ、コオロギなどでも試し、すべて浮くことを確かめたそうですよ。
ハンマー投げと円盤投げは、どちらもぐるぐる回って重い物を遠くへ投げる投てき種目です。一見似ているようですが、ハンマー投げの選手は目が回らないのに、円盤投げではオリンピックに出場するほどのトップ選手でも目が回ってしまう人がいます。この謎を解明して物理学賞に輝いた、フランス人研究者フィリップ・ペランさんたちの研究を紹介しましょう。
原因を探るため、ペランさんたちは2つの競技のスローモーションビデオを細かく分析。その結果、円盤投げの選手は乗り物酔いをしているのと同じ状態になっていることを突き止めました。さらに、①視線、②フォーム、③ジャンプの3つが鍵を握っていることも明らかにしました。
①視線…ハンマー投げでは、ぐるぐる回っていても遠心力でハンマーがほぼ同じ位置に固定されているように見えるため、視線をある程度固定できます。一方、円盤投げでは視線を固定する対象がなく、バランス感覚が乱れやすくなります。
②フォームの違い…ハンマー投げでは、胴体に対して頭の位置を動かすことはほとんどありません。ところが、円盤投げでは頭の位置が度々変わるため、乗り物酔いを起こすような不快感が生じやすくなります。
③ジャンプ…ハンマー投げでは地面にずっと片足をつけていますが、円盤投げでは投げる瞬間にジャンプします。ジャンプすると自分の位置感覚が混乱し、めまいなどが起きやすくなるのです。
円盤投げの選手に目が回る人が多い原因を見事に解き明かしたペランさんたち。イグノーベル賞の授賞式では、「私たちの研究はおかしな研究ではありません。いたって真面目に平衡感覚の仕組みを解明しようとしているのです」と述べました。
一度ゆでた卵をなまに戻す――。手品のようなこの研究で化学賞を受賞したのは、カリフォルニア大学アーバイン校のグレゴリー・ワイス先生たち。90℃のお湯で20分ゆでた卵を、なまに近い液体の状態に戻す実験に成功しました(卵白のみ)。
まずは卵の性質から説明しましょう。ゆでる前の卵白には、きれいに折り畳まれたタンパク質の塊がたくさんあります。熱が加わると、折り畳まれていたタンパク質は熱エネルギーによって開き、ひも状に。さらに熱を加え続けると、ひも同士がぶつかって絡まり合い、全体がこんがらがった固い塊になります。こうして透明の卵白は、ゆでると固い「白身」になるのです。
これをなまに戻すにはどうするか――。まず、白身を切り刻んで尿素を加えた水に入れ、ひと晩寝かせます。すると、タンパク質同士の絡まりがほどけ、固形状態の白身が溶けて液状化します。しかしこれでは不完全。もとの卵白のように、タンパク質をきれいに折り畳まれた状態にしないと、なまに戻ったとは言えません。
そこでワイス先生が使ったのは、「渦状流体装置」という特殊な装置。共同研究者のコリン・ラストン先生が設計したもので、少量の液体を超高速回転させることができます。この装置に液状化した卵白を入れ、1分間に5千回転ものスピードで回すと、タンパク質が引っ張られたり縮んだりして、最終的には卵白の中のタンパク質がきれいに折り畳まれます。つまり、なまに近い状態に戻るというわけです。
絡み合ったタンパク質をほどき、きれいに折り畳み直すこの技術は、医薬品の開発分野での応用が期待されています。
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