道端や公園など、雑草は身近な場所にたくさん生えていますが、じっくり見たことはありますか? 何気なく生えているように見えても、それぞれに異なる興味深い性質を持っています。
静岡大学の稲垣栄洋先生は、研究・執筆活動を通して、そんな“雑草の生き方”から学べることを、おもしろく、わかりやすく伝えています。稲垣先生の著作は中学校や高校の国語科入試問題でも多く出題されているので、読んだことがある人もいるのではないでしょうか。雑草についてはもちろん、ご自身の進路選択のエピソード、皆さんへのメッセージなど、いろいろなお話を伺いました!
まずは、雑草とは何か、雑草学とはどのような学問なのか、具体的な研究内容や魅力を伺いました。特徴や性質、観察のポイントを知って、身近な雑草を観察してみましょう!
「雑草学」と聞くと、変わった学問だと思うかもしれませんが、農学の中で特に珍しい分野ではなく、日本には雑草を研究している人が何千人もいますし、世界中に学会があります。雑草学で言う「雑草」とは、人間が望まない場所に生えてくる植物のこと、つまり邪魔ものです。農業でも、公園や道路の管理でも、雑草が生えないようにすることはとても重要で、雑草学はそのための学問です。
雑草学には大きく3つの研究テーマがあります。1つ目が最も重要な「雑草の防除」、邪魔な雑草を取り除く方法を考えるものです。2つ目は「雑草の生態」、雑草の持つ特殊な性質を明らかにしていくものです。敵である雑草に勝つためには、相手のことをよく知る必要があるのです。そして3つ目が「雑草の利用」、雑草の持つ性質を活用する方法を探すものです。敵を味方にしてしまおう、というわけですね。
具体的な研究方法も、実際に生えているところを観察したり、実験場のような場所をつくって育てたり、植木鉢などを使って実験室の中で育てたり、遺伝子を調べたりと様々です。世界中で幅広く研究されています。
高温多湿の日本は欧米に比べて雑草の種類が多く、500種以上もあります。そんな日本の雑草学は「雑草の利用」に関するものが他国に比べて多いという特徴を持っています。先に述べた通り、雑草学の世界的な定義では、雑草とは邪魔な植物のことで、英語の「weed」にはマイナスの意味しかありません。しかし、日本語の「雑草」は、たくましい、生命力がある、といった比喩的な意味も持っていて、プラスのイメージでも使われています。
ですが、実際の雑草は弱い植物です。雑草が生えているのは自然界ではなく人が管理している場所で、植物にとっては生きにくい環境です。雑草がわざわざそんなところに生えるのは、競争に負けたからです。雑草はどこにでも生えるわけではなく、自然が豊かな場所では他の植物との競争に負けてしまい、生えることができません。何気なく生えているように見えても、特殊な環境に適応できるように特殊な進化を遂げています。雑草は弱いからこそ、別の場所で生きられるように進化したのです。
雑草は様々な種類があり、次から次へと変わっていくので、わからないことだらけです。特徴や性質がよくわかっていない雑草もたくさんありますし、ある程度わかっていて図鑑に載っているような雑草でも、その通りには成長しません。図鑑には約50㎝に育つとあっても5㎝くらいにしかならなかったり、春に花を咲かせるとあっても秋に花が咲いたりします。しかも、勝手に生えてくるくせに、育てようと種を蒔いても芽が出ないことも多いんですよ。
人間の思い通りにはならない植物で、そこが研究の難しいところでもあり、おもしろいところでもあります。ずっと研究している私でも、道端に生えている雑草について学生に質問されて、全然わからない……となることがよくあります。ですが、様々な謎を調べて、解き明かしていくことはとてもおもしろく、命の不思議さを感じられます。わからないことがいっぱいあることが雑草学の最大の魅力です。
稲垣先生は、雑草や植物に関する本をたくさん書かれています。執筆のきっかけや、若い世代へ向けて書かれた本についてもお話を伺いました。
私が最初に書いたのは『農と出会う自然体験 実践の記録とヒント集』(地人書館)という本です。当時、子どもたちを対象に自然観察会を行っていたのですが、トカゲなど動く生き物に比べると、植物は人気がありませんでした。もっと植物のおもしろさを伝えたい、学校では習わないこと、教科書の外側に広い世界があることを知ってほしいと思ったのです。
その後、好きなテーマで本を書くことになった時、雑草の生き方は人間にも通じると思い、自分の生き方のヒントにしていたので、『雑草の成功戦略 逆境を生きぬく知恵』(NTT出版)を書きました。とても反響が大きく、「雑草の生き方に励まされた」という感想をたくさんもらいました。雑草の生き方を人の生き方にたとえることは、決して科学的ではないかもしれません。ですが、雑草の生き方を知って、勇気づけられたり、救われたりする人がいるなら、それを伝えることも雑草学の役割なのではないかと考えるようになりました。
「雑草魂」と言うと、踏まれても踏まれても立ち上がるというようなイメージがありますよね。ところが、実際の雑草は踏まれても立ち上がりません。雑草にとって最も大切なのは、花を咲かせて種を残すことだからです。そのためには、立ち上がるのに無駄なエネルギーを使うより、踏まれたまま寝そべって成長した方が良いのです。
では、本当は弱い植物なのに、強そうに見えるのはどうしてでしょうか。それは雑草が自らの弱みと強みをよく知っていて、得意なことでしか勝負をしないからです。例えば、踏まれても平気な雑草は道端に生えていますし、太陽の光をあまり必要としない雑草は日かげに生えています。競争に弱いからこそ、競争をしなくてもすむような場所を選び、様々な戦略を考えて、したたかに生きています。
雑草は人間と同じように個性があり、知れば知るほどおもしろいです。そんな雑草の生き方を見て「こんな勝負の仕方もあるんだ」と思ってもらいたい。これからの社会に求められる、多様性を大切にしようという価値観にも通じると考えています。
私は雑草や植物だけではなく、昆虫などの生き物、日本史や世界史と雑草を結びつけた本も書いています。何をおもしろいと思うかは人によって違いますし、私の本は簡単すぎて物足りないと感じる人もいるでしょう。ですから、様々なジャンルの本を幅広く読んでほしいと思います。
富士山は日本一高い山ですが、静岡県からだと、縦よりも横に長い、裾野が広い山に見えます。広い裾野があるからこそ、一番高いところまで行ける、高く積み上げられるのです。勉強や読書も同じで、好きなことだけを積み上げると、すぐに限界がきて崩れてしまいます。幅広く触れておくことが、将来、自分のやりたいことを高いところまで持っていく手助けとなるはずです。
稲垣先生がこれまでに書いた本はなんと150冊以上! 近年の私立中学校・公立高校の国語科入試問題でも、数多く出題されている著者の一人です(関塾調べ)。特に子どもたちに向けて書かれた本を紹介します。ぜひ読んでみましょう!
稲垣 栄洋 著/小学館
稲垣先生が雑草と教え子たちを絡めてつづる、アンチ雑草魂エッセイ。職人気質、頑張り屋、スマホ依存、指示待ち型……そんな今どきの学生と接するうちに気づいたこと、研究室での日々を楽しく語ります。効率良く無駄を省くことが優先される時代に、自分の武器をどう見つけるのか? 生きづらさに悩むZ世代へ「立ち上がらない」という生き方戦略を伝えてくれる1冊です。
稲垣先生から一言
中高生の読者からの「研究室の様子を教えてほしい!」という声に応えて書いた本です。私が雑草に興味を持ったきっかけは、先生がすぐに答えを“教えてくれなかった”ことだったので、私も“教えない”先生です。そんな研究室で学生がどんな風に成長していくのか、覗いてみてください。
稲垣 栄洋・小島 よしお 著/家の光協会
芸人の小島よしおさんと稲垣先生が、雑草のおもしろい生態を紹介! 他の植物と競争することを避け、自分の強みを発揮できる場所を見つけて生き残ってきた雑草たち。その戦略的な生き方を、親しみやすいキャラクターと漫画でおもしろおかしく解説しています。この本のために小島さんが作った雑草ソング20曲もQRコードから視聴できます。
稲垣先生から一言
小島よしおさんと一緒に書いた本です。私は小島さんのことをなんだか雑草っぽい人だなと思っていたのですが、小島さんも私の本を読んでくださっていたそうです。いろいろな雑草の生き方を小島さんが楽しい歌にしてくださって、私はよく授業中に流しています。どれも良い歌なので、ぜひ聞いてみてください!
最後に、稲垣先生ご自身のことについて、雑草学との出会いや雑草学者になるまでのエピソードを伺いました。関塾生の皆さんへのメッセージもいただきましたよ!
小学生の頃は、夏休みの自由研究が大好きで、いつも植物のことを調べていました。本当は昆虫の方が好きでしたが、捕まえるのが大変で、動かない植物の方が研究しやすかったからです(笑)。「アサガオの蔓はどのくらいの距離や太さまで巻きつけるんだろう?」というような本当に単純な疑問でも、調べてみるとおもしろかったです。
ずっと生物が好きで、バイオテクノロジーに興味があったので、大学は理学部生物学科を受験しようと決め、高校3年の秋、志望大学の先生に手紙を書きました。友人から、有名な先生に手紙を送ったら「君のような学生にぜひ来てほしい」という返事をもらったと聞いて、羨ましくて真似したのです。私も返事をもらえましたが、なんと「君が勉強したいことはうちではできないから、別の大学の農学部をおすすめします」と書かれていました。
慌てて志望変更して入試に臨むことになったものの、当日は手応えがありました。「首席合格かも。入学式で挨拶することになるのかな」などと考えるほど自信があったのですが(笑)、結果は不合格……。第1志望校の他に受けていたのは、友人が受けるからと一緒に受けた1校だけで、幸いにもそちらは合格できていました。
こうして、想定外の学部、大学へ進学しましたが、今では本当に幸運だったと思っています。もし希望通りの大学に行っていたら、私は「雑草学」にも、妻にも出会えていなかったのですから、人生とは不思議なものですね。
農学部に入ったのは正解で、バイオテクノロジーはもちろん、国際農業論などの社会学、農業にまつわる伝承などの民俗学、農業機械などの工学といった、多岐にわたる分野があって、どれもおもしろかったです。中でも、人の暮らしと植物の関わりに興味があったので、最初は農作物、畳の原料となるイグサを専門に選びました。
イグサを栽培していた時、横に生えてきた雑草の名前を研究室の先生に尋ねたら、「花が咲けば図鑑で調べられるから、置いておいてごらん」と言われました。たぶんその先生も何の雑草かわからなかったのでしょうが、教えてもらえなかったおかげで、イグサよりも雑草に興味を惹かれるように。そして、ちょうど大学院に進学する年に雑草学研究室が新設されたので、雑草の研究を始めました。
大学院修了後は農林水産省に就職し、研究部門を希望しましたが、配属されたのは行政部門でした。希望とは違ったものの、自分の仕事が国を動かす助けになっていると感じられ、やりがいがありました。慣れない都会暮らしは大変でしたが、道端に生えている雑草に「雑草もこんなところでも頑張っているんだな」と励まされました。
次に転機となったのは、1993年の大冷害です。稲作が壊滅的な打撃を受け、農水省には日本全国の情報が入ってきましたが、実際の田んぼを見る機会はありませんでした。そこで、休みをとって大学に行ったら、病気が蔓延しており、見たこともないひどい状況でした。その光景に衝撃を受け、田んぼが見えるところで働きたいと思い、静岡県の公務員に転職しました。
県でも最初は研究部門には配属されなかったのですが、後に希望が通り、研究所に異動できました。そこでは主に花や野菜が担当で、雑草の知識を活用してはいましたが、メインの研究対象にはできませんでした。本格的な雑草学者になったのは、2013年に静岡大学に来てからなので、実は最近のことです。
自分の人生を振り返ってみると、雑草一筋に進んできたわけでは全くなく、“みちくさ”を食ってばかりでした。それでも、ひとつとして無駄ではなく、全てが今の私の道に続いています。
例えば、大学受験に失敗したからこそ、失敗しても終わりではないと実感できました。受験勉強が必要ないとは言いませんが、それは、目標に向けて努力する経験が大切だからです。勉強に限らず、部活でも同じで、何かを一生懸命頑張る経験はかけがえのないものです。そのためには、受験や試合といった、モチベーションを維持できる、短期的で明確な目標が必要なのです。
ですが、そのゴールは“とりあえず”のものです。失敗はもちろん、成功しても終わりではありません。受験は富士山で言えば登り口で、最初に考えていた登り口からではなくても、頂上は目指せます。希望通りの登り口でも順調とは限りませんし、私のように予想外の登り口から入ったらすごくおもしろかった、ということもあります。
それに、学校の成績や受験は、大人や社会が決めた物差しで測ってみたら、たまたまこの順位になった、というだけです。雑草を見るとわかるように、物差しはひとつではありません。雑草は、「種を蒔いたら芽が出る」「光合成をするためには上に伸びた方が有利」などの人間がこうあるべきと決めた物差しに全くとらわれず、それぞれが自由に自分の強みを活かせる物差しを持って勝負しています。
ただ、雑草はすでに自分の強みをよく知っていますが、人間がそれを見つけることはなかなか大変です。たくさん“みちくさ”をしてきた私でも、まだまだ探している最中です。ですから皆さんも、いろいろなことを経験して、自分らしさ、自分なりの物差しを見つけてください。“みちくさ”を楽しみながら、雑草のように生きていきましょう!
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