宇宙はどんなところだと思いますか? 果てしなく広がる空間に無数の星が瞬き、静寂に包まれている――。こんな“静”の世界をイメージする人が多いかもしれません。しかし実際は、一つひとつの天体は不変ではなく進化していて、太陽の表面では頻繁に爆発が起きるなど、驚くほど激しく活動していることがわかってきました。
宇宙は、私たちが知らない“別の顔”を持っているのでしょうか――? 柴田一成先生に案内していただいて、ワクワク、ドキドキの宇宙の旅に出かけましょう!
宇宙がダイナミックに活動している、と言ってもイメージしにくいかもしれません。宇宙が驚くほど“動的”な空間とわかったのは、ほんの100年ほど前のこと。この考えが根づくまでは、宇宙は静けさに満ちた永遠不変のものと考えられていたのです。宇宙はどんな風に“動いて”いるのでしょうか? 柴田先生、教えてください!
「宇宙や天体は全く変化しない不変のものである」――。これが20世紀初め頃までの天文学の共通認識でした。それが20世紀前半に初めて、宇宙が膨張していること、ビッグバンと呼ばれる大爆発によって誕生したことが判明し、それまでの考え方が一変しました。宇宙に始まりがあるということは全ての天体に始まりがあり、生物と同じように進化もし、誕生があるから死もあることがわかったのです。20世紀後半になると、一つひとつの天体はゆっくり進化するだけでなく時に激しく活動し、爆発さえ起こすことが明らかになってきました。そしてこうした現象は、私たちの想像をはるかに超えるスケールで起きています。例えば、太陽は毎秒217㎞もの速さで銀河系を動き、*1フレアが起きると時速800〜900㎞のジェット旅客機の数千倍もの速度でガスを噴出させるといった具合に……。
私は、こんなワクワクとドキドキを味わえる宇宙を研究して40年以上になります。専門は太陽宇宙プラズマ物理学という少し難しい名前ですが、わかりやすく言うと太陽や天体の爆発現象の研究です。様々な調査で、太陽は爆発を頻繁に繰り返し、爆発によって大量の放射線を放出していることがわかりました。太陽だけでなく他の天体も爆発の際に放射線を放出するので宇宙空間は放射線に満ちていることになります(この放射線を「宇宙線」と言います)。地球にいる場合は大気に守られているので宇宙線の影響を受けませんが、宇宙では宇宙線にさらされるため、宇宙飛行士は非常に危険な任務を担っているのです。
宇宙は私たちが空を見上げて感じる“静”のイメージとは裏腹に、非常にダイナミックな空間なのです。
*1太陽表面で頻繁に起きている爆発現象。
太陽は太陽系の中心にある*2恒星のひとつ。人類を含め生物が生きていくために必要な光と熱(エネルギー)を届けてくれる“母なる星”です。身近な天体ですが、内部はどうなっていて、なぜエネルギーを生み出せるのか――? 知っているようで知らない太陽の素顔をご紹介しましょう。
下の写真は、日本が打ち上げた太陽観測衛星「ようこう」が撮影した太陽の姿です。私は1991年から国立天文台で「ようこう」を運用する責任者になりました。したことがなかった宇宙観測を1人で行うことになり最初は戸惑いましたが、すぐ夢中になりました。「ようこう」のデータがとてもおもしろかったからです。実に多彩な太陽の姿を見ることができましたが、その中でもこの写真を見た時の衝撃は忘れられません。「太陽はなんとおそろしい星か」と……。
写真ではループ状の炎のようなものがうごめいて見えますね。動画で見るとループが突然光ったり噴出し始めたりして激しく動いていることがわかります。その様子は、真っ赤な炎がぐつぐつと燃えたぎる地獄の釜のようでもあります。これがフレアです。その規模は想像をはるかにしのぐもので、爆発ひとつの大きさは最大のもので地球の10倍以上、エネルギーは水素爆弾10万個分から1億個分に相当します。
*2核融合反応などで自ら光や熱を放射している星。
太陽が放つ膨大なエネルギーは、中心部の「コア(中心核)」で起きている核融合反応によって生み出されます。
太陽を真っ二つに切ったとしてその断面を見ると、中心から「コア」「放射層」「対流層」「光球」「彩層」「コロナ」に分かれます。私たちが普段見ているのは太陽の表面の光球で、光球の外側に太陽の大気に当たる彩層、さらにその外側にコロナと呼ばれるガスの層があります。
コアで水素がヘリウムに変わる核融合反応が起き、それによって生じたエネルギーが放射層から対流層を経て光球へ運ばれ、外の空間に出て行きます。核融合反応を起こすには超高温の環境が必要ですが、コアの温度は1500万度。核融合に必要な条件が揃っている太陽は、宇宙空間に浮かぶ核融合炉と言えるでしょう。その炉で生まれたエネルギーが地球に届いているのです。太陽はこの核融合反応をあと50億年以上続けるだろうと予想されています。
太陽の表面で起こる爆発現象フレアは規模によって等級があります。その中で最も大きい超巨大爆発を「スーパーフレア」と言います。これまでに観測された最大級フレアのさらに10倍以上のエネルギーを放出するスーパーフレアは、800~5000年に一度の確率で起きる可能性があるとか。発生すると地球にどんな影響があるのでしょうか?
太陽は生物にとってなくてはならない“母なる星”ですが、一方で私たちの生活を脅かす危険性をあわせ持っている、とお話しすると、ほとんどの人は「まさか」と思うでしょう。でも、もしスーパーフレアが実際に起きたら、社会生活に深刻なダメージを与える可能性が高いのです。
スーパーフレアの影響についてお話しする前に、なぜフレアが起こるかを説明しましょう。フレアは黒点と密接な関係があります。黒点とは字の通り、太陽表面に見られる黒い点のこと(周囲より2000度ほど温度が低いため黒く見えます)。黒点は太陽の内部で発生した磁力線の出入口のようなもので、一種の巨大な磁石と考えてください。フレアはこの黒点周辺の磁場に蓄積されたエネルギーが突発的に放出されて起きる現象です。
1989年3月、カナダのケベック州を中心に大きな被害を出した大フレアが発生しました。この大フレアは、スーパーフレアの数千分の1程度の規模だったとみられますが、様々な悪条件が重なり被害が拡大しました。
3月13日、ケベック州で大停電が発生、2分もしないうちに州全体が真っ暗闇に包まれました。前触れもなく突然、電気系統が使えなくなったのです。朝になっても停電は続き、復旧までにかかった時間は9時間以上。その間、都市機能は完全に麻痺し、交通や通信などは全てストップしました。約600万人が影響を受け、経済的損失は100億円にのぼったとみられています。
この事態を引き起こした原因が数日前に発生した大フレアでした。フレアによってできた莫大な量の*3プラズマが地球に向かって放出され*4磁気圏に入って、磁場を乱す「磁気嵐」を起こした結果、大停電や電波障害を招いたのです。
磁気嵐は大規模なオーロラも発生させました。普段は決して見ることができないアメリカのテキサス州やフロリダ州でもオーロラが見えたということです。ケベック州の広い範囲で特に大きな被害が出たのは、地形によるものと考えられています。
*3固体、液体、気体に次ぐ物質の第4の状態。身近なプラズマは炎や雷、オーロラなど。
*4地球大気の最上層部。地球の磁場の勢力が届く範囲。
ケベック州の事例以降も大フレアは度々発生しています。2003年10月に起きたフレアは、日本で次のように報道されました。「太陽の“嵐”、地球直撃」「14年ぶり“大爆発”」(10月30日付の朝日新聞夕刊一面)。この時も北海道やオーストラリアでオーロラが観測された他、一部の航空機の無線通信などに障害が出ました。
2012年7月には、ケベック州の数十倍規模の巨大フレアが発生しました。ですが、幸いなことにフレアの飛び出した方向が地球の位置とは逆だったため事なきを得ました。もしこれが地球に直撃していたら……。ケベック州をはるかにしのぐ影響が出たことは間違いありません。
もし今、巨大フレアが発生したらどれほどの被害が出るでしょうか? ケベック州の状況などから推測すると、影響を受ける人は数億人、停電は1か月に及ぶかもしれません。電気系統など多くのシステムに障害が出て、全ての機能の修復に4~10年かかり、損害額は100~200兆円に達すると見込まれています。私たちの生活が便利になればなるほどフレアが起きた時の影響は大きく、現代社会は巨大フレアに対して非常にもろいと言えます。フレアがいつ起こるかを予測できれば、事前に対策をとり被害をおさえることができますが、残念ながらその解明には至っていません。
そこで私は、太陽活動が地球に与える影響を予測する「宇宙天気予報」の確立を目指しています。フレアが起こる仕組みの全容を解明できれば予測が可能になり、フレアの被害を未然に防ぐことができるからです。2012年、私たち京都大学の研究グループは太陽とよく似たタイプの恒星(太陽型星)を観察し、148個の太陽型星で120日間にスーパーフレアが365回も発生していることを発見、世界的な科学誌『Nature』に発表しました。今後はこうしたデータをさらに蓄積し、太陽でスーパーフレアがいつ、どういう時に起きるのか予測できるようにしたいと考えています。
子どもの頃は「自分はなぜここにいるのだろうか?」とばかり考えていました。この問いを突きつめると結局、宇宙に行きつくことがわかり、天文学者を志すように。宇宙を知れば自分が生まれた謎が解けるかも?と思ったのです。宇宙には小学生の頃から興味がありましたが、天文学者になりたい気持ちは半分くらい、漢字の研究者や地図学者にも憧れていました。それが中学1年の時に*5『ガモフ全集』を読んで感銘を受け、宇宙への関心が一気に高まりました。
それから約50年。宇宙にはまだまだわからないことが多いですが、観測技術やコンピューターの発展で解明の糸口が見え始めています。21世紀は様々な謎が解け、全く新しい宇宙観が生まれるかもしれません。
いつどこで新しい星が生まれるかは誰にもわかりません。新しい星の発見は天文学者でなくても誰でもできます。ワクワクする天文学に興味を持つ人が、皆さんの中から現れることを心から期待しています。
*5アメリカの理論物理学者ジョージ・ガモフが、宇宙論を子ども向けにわかりやすく解説した全集。
2020年2月、柴田先生の「ヘール賞」受賞が決定しました。同賞はアメリカの天文学者ジョージ・エラリー・ヘールにちなんで、1978年創設。アメリカ天文学会太陽物理学分科会が、世界の天文学者の中から太陽物理学に大きな貢献を果たした人を表彰するもので、太陽分野では最高峰の賞。日本人の受賞は柴田先生が初めてです。柴田先生のこれまでの研究――太陽大気中のジェットの発見や、太陽や宇宙における磁気プラズマの特性に関する研究成果などが評価されての受賞です。
アメリカで予定されていた授賞式と記念講演は新型コロナウイルス感染拡大防止のため残念ながら中止となりましたが、先生はご自宅からリモートで受賞記念講演を世界に向けて発信されました。
チャンドラセカールはインド生まれの天体物理学者。「星の構造と進化にとって重要な物理的過程の理論的研究」で1983年にノーベル物理学賞を受賞しています。
チャンドラセカール賞は、アジア太平洋物理学会連合プラズマ物理部門が2014年に設けたプラズマ物理学最高の賞で、プラズマ物理学の進歩に大きく貢献した研究者に授与されます。2019年、第6回チャンドラセカール賞に選出された柴田先生の受賞理由は、「太陽に類似した恒星で観測されたスーパーフレアが太陽でも発生する可能性があることを指摘したことをはじめ数多くの業績に対して」です。
柴田先生は、「国際的な賞は初めてだったのでとても感激しました」と受賞時の喜びを語ってくださいました。
柴田先生が2019年まで15年間台長を務められた京都大学大学院理学研究科附属花山天文台(以下、花山天文台)は1929年設立。国内で2番目に古い大学天文台です。伝統ある天文台の歴史とこれからについて語っていただきました。
初代台長の山本一清博士はアマチュア天文家を熱心に育成された方で、花山天文台は天文好きの人の憧れの場所となり、“アマチュア天文学の聖地”とも呼ばれました。しかし、天文台がある京都市山科の町の発展によって空が明るくなり観測環境が悪化。主力観測施設の座を*7飛騨天文台に譲ることになりました。また、2018年には岡山天文台が完成。古くなった花山天文台の運営費は削られ、閉鎖の危機に陥りました。
*7 1968年設立。京都大学大学院理学研究科附属天文台は、花山天文台、飛騨天文台、岡山天文台の3つからなる。
「新しい天文台をつくるためには古い天文台は閉鎖すべき」――これが国の方針だったのです。しかし花山天文台には、古いけれど素晴らしい望遠鏡が残っていて、にもかかわらず学生実習で使う以外ほとんど活用されていませんでした。そこで一念発起、市民の方向けの様々なイベントを開催しているうちに「小さい頃からここに来るのが夢でした」「毎年やってください」という声をいただくように。私は「なんとしても花山天文台を次の世代に残したい」と強く思うようになりました。
今は支援してくださる企業が見つかりましたが、経営難であることには変わりなく、引き続き広く支援を呼びかけています。将来的には宇宙科学館や野外音楽堂も備えた世界的な天文・宇宙文化教育の拠点にしたいと考えています。
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