2019年1月号 特集①
21世紀型の教育と学校現場
香里ヌヴェール学院中学校・高等学校とアサンプション国際中学校高等学校。両校は、関西でいち早く「21世紀型教育」を実践しています。これまでの歩みと、今後の展望、そして“学び”の本質とは何かについて、石川先生と江川先生に伺いました!
教育の本質は変わらない
――学びの現場において、21世紀型教育は、どのような歩みを辿ってきたのでしょうか。
石川先生「今の『21世紀型教育機構』の前身『21世紀型教育を創る会』が発足したのは、東日本大震災のあった2011年のことです。この年、私たち日本人は、実に様々な分野で“今後の世の中”について真剣に考えさせられました。それは教育界も同じで、そんな中で興ったのが『21世紀型教育を創る会』でした」
――両校で21世紀型教育がスタートしたのは何年前でしょうか?
江川先生「私たちのプロジェクトが発足したのは2016年です。同じ21世紀型教育の思想の中で、2校が共に歩んで行こうということになりました」
石川先生「関西では初となる『21世紀型教育機構』加盟校として、プロジェクトを大々的に打ち出しながら、内部では時間をかけ丁寧に研究を重ねていき、1年半前にスタートさせたという経緯です」
江川先生「各校の歴史や土壌は大切にしながら、新しく取り入れた21世紀型教育について、情報を共有し、協力していこうということですね」
石川先生「21世紀型教育と聞くと、すごく新しいことのように聞こえるかもしれません。しかし、つまるところは“本質的な教育をやりましょう”ということなんです」
――“本質的な教育”とは、どういったものなのでしょうか?
石川先生「いつの時代も、世の中の先行きは不透明です。私たちはいつだって、予測不能な未来に向かって歩んでいます。近年はAI(人工知能)が登場し、急激なグローバル化の波にのみ込まれている現代社会。数年先を予測するのも難しいですね。
では、少し遡って、江戸時代末期の社会について考えてみましょう。この頃には、たくさんの“
私塾”が登場しました。これらの私塾が生まれた背景は、21世紀型教育のそれと非常によく似ています。幕末の日本は、世界と渡り合うため、あらゆる情報を得なければなりませんでした。明治という新たな世をつくるためにも、海外のことを積極的に学ばなければならない。その中で、私塾では、蘭語(オランダ語)を駆使して対話を試み、様々な書物から情報を得るなどしていました。もちろん、先生による講義もありました。その上で、身につけた知識や教養を活かす道を探ったのです。塾生たちは“どうすれば、新しい社会で学んだことを役立てられるか”を議論しました」
――単に学ぶだけではなかったのですね。
石川先生「実際の行動に役立てることこそ、大切なのです。社会の中で、あるいは場面ごとに、状況に応じた“最適解”を常に求めながら、政治をつくり、経済を動かしていった。それが明治の世の中でした。私塾で展開された教育は、その原動力になっていたのですね」
――その150年前と、今の状況が似ているのですね。
石川先生「そうです。『英語イマージョン教育』で英語を身につけて対話を試みたり、『PBL(
課題解決)型授業』で議論を重ねたりといった21世紀型教育は、昔も今も変わらない教育の本質を追究しています。知識や教養を駆使して、何らかの“最適解”を探っていくのです」
昔も今も教育の本質は変わりません。知識や教養を駆使して議論を重ね、状況に応じた“ 最適解”を探っていくことが大事です。(石川先生)
学びのスケールを広げる手段
――香里ヌヴェール学院中学校・高等学校の「ヌヴェール科」とはどういったプログラムなのでしょうか?
石川先生「一言で表すなら“どのように考え、表現していくか”ということを学ぶためのプログラムが『ヌヴェール科』です。
例えば、あるイベントを成功させるためにはどうすればいいか、雑誌を編集するためにはどのような作業が必要かといった、具体的な表現につなげるために必要な情報や手段などを、話し合いを重ねながら考えていきます。『ヌヴェール科』は、こうした思考スキルや考え方、表現の仕方に関するトレーニングを行うプログラムで、生徒全員が取り組むものです。思考の型を理解することで、新たに学んだ物事を、具体的な成果に結びつけることができるのです」
――獲得した知識や教養を、実際に役立てるためのスキルなのですね。
石川先生「学んだスキルを運用するための訓練ですね」
―― 21世紀型教育の実践の形として、「PBL(課題解決)型授業」「英語イマージョン教育」「ICT教育」の3つの柱を打ち出されています。
江川先生「本校では、21世紀型教育を導入する前から、英語教育を特に重視してきました。英語というスキルがなぜ必要かというと、例えばある物事について調べる時に、日本語の資料のみから得られる情報がどうしても限られますよね。最新の論文や資料などは、インターネットなどでも検索できますが、ほとんど英語です。先ほど石川先生からお話しいただいたように、情報を集めて議論を重ねることが学びには重要です。そこで、英語は大変有益なスキルになります。
本校は自然豊かな北摂の地にありますが、ここで培われてきたものも大切にしています。この辺りはずっと、様々な国の人々が暮らしています。多文化理解を深めることができる地域性があります。加えて、本校の母体であるカトリック聖母被昇天修道会にも海外から来られた方がたくさんおられます。こうした環境の中で、ネイティブスピーカーの教員による英語授業を展開してきました」
――英語教育の土壌がしっかりと培われてきたのですね。
江川先生「そうです。そして、21世紀型教育の導入により、これまでの取り組みを発展させることができました。
英語教育に力を入れている学校は多いですが、それぞれ特化の方法が異なっています。本校では、英語を単に語学の一教科に留めず、ツールとして活用するためのカリキュラムを取り入れています。数学、理科、音楽でも英語を使うのです。すると、学びのスケールに広がりがでます。日本語ではわからなかった数学が、英語でならすんなり理解できたという生徒もいるのですよ」
――“学びのスケールが広がる”教育というのは、大変魅力的です。
石川先生「ICTも学びのスケールを広げるツールです。例えば、複数の人が書いた考えを画面に一括表示して共有すれば、議論を深めることができますね。ソフトを使って音楽を手軽に編集もできます。ICTは人間の持っている能力を広げることができるのです。機械と人間は別の次元にいるのではなく、機械の助けによって人間は新たな視点を得られます。だからこそ、機械と上手にお付き合いができることが必要なのです。21世紀型教育の“新しさ”とは、ICTそのものにあるのではなく、そこから広がる人間の能力のことを指すということを、知っていただければと思います」
江川先生「21世紀型教育を体験的に知っていただくには、オープンスクールや学校説明会に参加するのが一番ですね。石川先生は、学校説明会で保護者の皆さんを相手にPBL型授業をされるのですよ」
石川先生「ほんの少し、導入程度にですが」
江川先生「それでも、体験することによって得られる理解は大きいと思います。21世紀型教育がスタートして1年半になりますが、成果という意味ではこれからです。現場では試行錯誤を続けながら、最初の卒業生を送り出せたらと思っています」
石川先生「繰り返しになりますが、大事なのは“教育の本質”です。いつの時代も、学びは“議論し、何かをうみだす”こと。これに尽きます。そこに語学が加わり、ICTが加わっていく。そうして、予測がつかないことに対応する力を養っていくのです」
江川先生「23年前に阪神・淡路大震災がありました。『21世紀型教育を創る会』が発足した年には、東日本大震災がありました。私たちが21世紀型教育のプロジェクトをスタートさせた年には、熊本地震がありました。そして今年、大阪は地震に台風と、予測のつかない自然災害に見舞われました。このような困難を目の当たりにしてきたからこそ、生徒たちには、未曽有の未来を乗り越えてゆける力を身につけてもらいたいと、強く願っています」
石川先生「新しいことを学び、常に疑問を持ち、課題を解決していく“学問”を、しっかりと身につけてほしいですね」
英語を単なる語学の一教科として留めずに、数学、理科、音楽などの授業においても英語を活用するカリキュラムを実施しています。(江川先生)
香里ヌヴェール学院中学校・高等学校
2017年4月に「大阪聖母女学院中学校」「大阪聖母女学院高等学校」から、現在の校名に変更。男女共学となり、中学に「SAC(スーパーアカデミーコース)」と「SEC(スーパーイングリッシュコース)」の2コース、高校に「SAC」と「SEC」そして「SSC(スーパーサイエンスコース)」の3コースが新設されました。
関西初の「21世紀型教育機構」加盟校でもある同校では、思考の型を学ぶ独自のプログラム「ヌヴェール科」を軸に、幅広い教科において高次思考(創造的思考力・批判的思考力・論理的思考力)を育んでいます。得た知識を活用し、自ら課題を解決していく力を養うためのカリキュラムも充実。各自のテーマに基づく個人研究を中心とした「探究ゼミ(総合の時間)」や、海外にいる同世代の仲間たちと英語でコミュニケーションを図る「グローバルゼミ」など、各コースに沿った授業展開、多彩な取り組みが魅力です。また、「SEC(スーパーイングリッシュコース)」では最長1年間の留学が希望できるなど、中学段階から海外を体験できる機会もあります。こうした経験を糧に、生徒たちは2020年度の大学入試改革にも対応できる力を身につけていきます。
アサンプション国際中学校高等学校
カトリック聖母被昇天修道会を母体とし、世界30か国の姉妹校と連携しながら、長年にわたりグローバルな精神を培ってきた学校です。特に英語の習得に力を入れていることで知られ、ネイティブスピーカーの教員による生きた英語指導が特長。海外留学を志望する生徒も少なくありません。また、中学2年生の長崎ハウステンボスへの語学研修、フランスやフィリピンなどからの留学生の受け入れなどもあり、英語を活用する場が豊富に用意されています。
近年は、そんな英語教育の強みを活かし、香里ヌヴェール学院と共にいち早く21世紀型教育を進めています。「英語イマージョン教育」は、英語の授業はもちろん、「数学」「理科」「音楽(中学のみ)」「総合的な学習の時間(探究)」といった教科でも行われています。特に探究の時間においては、教科の枠を超えた指導体制が整っています。教材は文科省指定のものと、イギリスやアメリカの生徒が学校で使用している教科書を併用。内容ごとに教科書を使い分けながら授業が進むのが特長です。英語にどっぷりとつかる経験を重ね、PBL(課題解決)型授業で議論を深め、思考力や発信力の養成をはかります。
工学院大学附属中学校・高等学校
現校長の平方邦行先生主導のもと、2014年から本格的にスタートした工学院大学附属中学校・高等学校の「21世紀型教育」。どのようなカリキュラムを展開しているのでしょうか? お話を伺ってみました!
社会の変化に応じた教育
工学院大学附属中学校・高等学校が「21世紀型教育」を導入した理由に、1990年代以降に急激な変化を遂げた社会、とりわけITの飛躍的な発展がありました。
こうした状況は2000年代に入ってからも加速。教育にも多様な変化や選択肢が求められるようになり、同校では平方邦行先生(現校長)のもとで「21世紀型教育」の導入が進められました。2013年にはすべての教員がiPadを所持して研修を重ね、翌2014年より21世紀型教育が本格的にスタート。多様化する社会に対応しながら、世界に目を向け、単に知識・技能を身につけるのではなく、思考力・判断力・表現力を身につけ、主体性・多様性・協働性を養う取り組みを続けています。
21世紀型教育を実施する工学院大学附属中学校・高等学校。中学の段階から3つのクラス(コース)に分かれていることも特長です。今後も必要とされる“理数探究”を重点的に学ぶ「ハイブリッド特進理数クラス」。“言語”に重きを置き、数学や理科でイマージョン(英語で授業)を行う「ハイブリッドインターナショナルクラス」。そして、その中間に位置する「ハイブリッド特進クラス」です。また、どのクラスでも、英語の授業はオールイングリッシュで行い、生徒たちの身近に迫った「多言語・多文化の共生(=ハイブリッド)」の社会で活躍できるよう下地づくりをしています。
2017年4月、中学校が日本初のCambridge Englishスクールに認定されました。英語学習の成果をケンブリッジ英語検定で測定しています。
“思考力”を育む授業を展開
21世紀型教育において、工学院大学附属中学校・高等学校が重視する「PIL(Peer Instruction Lecture)」と「PBL(Project based
Learning)」。“教員が一方的に講義をしないこと”を基本に、問答法やプロジェクトの実施などを全クラス・全教科で行っています。
中でも、同校では、中高校生の時期にしか育めないという研究結果もある“思考力”を重視。中学校のカリキュラムの核ともいえる「デザイン思考」の授業では、学校行事とも連携した映像や雑誌の制作プロジェクトに取り組むなど、生徒たちは議論・思考を繰り返して成果を得る経験をしています。他にも、例えば英語の授業では、洋書を読んで紹介し合う“ビブリオバトル”や英文小説の執筆に取り組みます。また、歴史の授業では、ムービー・パワーポイント・紙芝居などの手法で知識をアウトプットし、時代背景や人物の言動の根拠など考えるプロジェクトを行っています。これらの取り組みは、独自の評価基準ルーブリック『思考コード』に沿ってしっかりと指導。着実に力が育まれる仕組みができているのです。
このような学びの環境の中で、最近では中学生が国際平和映像祭を受賞するなど、「どの視点で作ると評価されるか」を考え、細部にまでこだわり創作する姿勢が浸透してきました。
様々なカリキュラムを通して苦手な分野も自信に
工学院大学附属中学校・高等学校では、理系、文系問わず、様々なことに興味・関心を持ち、探究心に貪欲な皆さんの受験を歓迎しています。たとえ今は英語やICTを駆使することが苦手でも、同校のカリキュラムを通じて成長し、必ず自信につなげることができるでしょう。
将来理系分野に進みたいと考えているなら、附属校の強みを活かし、大学にある最先端の施設で講義・実験も行う「サイエンス教育」は見逃せません。さらには、データベースやICTツール、iMac、3Dプリンターなどを備えた図書館など、魅力的な施設も整っています。オープンスクールに参加して、このような特色を一度体感してみましょう。
中学校の「ハイブリッド特進理数クラス」、高校の「ハイブリッドサイエンスコース」では、生徒の興味・関心を刺激し、疑問を引き出すために様々な理科実験を行います。また、大学と連携した出張講義を受けたり、病院を訪問したり、豊かな経験ができます。
単なる読書・自習スペースだけに留まらない図書館では、プログラミングや造形に熱中する生徒の姿も見られます。2018年度からは、洋書を中心とした電子図書館システムと、生徒たちが自由に活動できるFabスペースの利用もスタートしました。