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2018年8月号 特集①

吉田先生の本『魚だって考える』が面白い!

『魚だって考える―キンギョの好奇心、ハゼの空間認知』著:吉田将之/築地書館

「魚が何かを考える仕組」について生物学の立場からアプローチするのが、吉田先生の研究 です。魚には魚なり、ヒトにはヒトなりの喜怒哀楽があり、しかもその根源 は共通しているそうです。つまり、魚の「こころ」に迫ることは、私たち人間の心を知ることにもつながるのです。 この本では、魚たちを相手に日々奮闘する、 吉田先生と研究室メンバーの様子がいきいきと描かれています。実験に使う魚を自分たちで釣ってきたり、装置 を手作りしたりと大変なこともあるけれど、学問の楽しさ、やりがいもたくさん。そんな“大学での学び”がのぞける一冊です。

「こころ」には共通点がある

皆さん、初めまして。「こころの生物学」研究室の吉田です。突然ですが、 皆 さんはプラナリアという生き物を知っていますか?切っても切っても体を 再生し続ける生き物です。 彼らは、私たちとはまったく異なる姿をしていますが、神経の基本的な 仕組みはヒトと 共通しているのですよ。プラナリアに薬を与えると、体を震わせるなどの 反応を見せます。一種の薬物中毒です。ヒトも同じで薬物中毒になる素質を 持っています。なぜなら、約6億年前 に同じ祖先から枝分かれして、今のプラナリアと 私たちヒトになったからです。そう、地球上の生き物には、「こころ」を含め共通点が多いのです。 そこで、私たちは「魚のこころ」を研究することで、ヒトの心を知り、人間理解へつなげようとしています。『魚だって考える』は、そんな私たちの研究について、 中・ 高校生の皆さんにも楽しく読んでもらえるように書きました。

「こころの生物学」研究室へようこそ!

これから、私たちの研究室について紹介します。 私たちがどのようにして「魚のこころ」に迫っているか、見学していってくださいね!文学や心理学、 教育学などに比べ、生物学的アプローチから人間を理解する分野は、まだまだ研究が進んでいません。 それゆえに大変なことがたくさんありますが、やりがいもあります。私は、人間を理解する一番の近道が、 この生物学的アプローチだと信じています!

広島大学 大学院生物圏科学研究科 准教授 吉田 将之先生

どうやって「魚のこころ」を研究するの?

生物学的とは何か?

私たちは、「魚のこころ」を生物学的に解明しようとしています。生物学的とは 「因果関係が科学的にちゃんと説明できる」ということです。合理的に、 事実に基づいて説明できるかどうか。それには、生き物の機能について、 データを正確に得なければなりません。ある「こころ」について、脳中の神経細胞が、 どういうネットワークをつくって、どういった活動をしている時に起こるものなのかを、 誰もが納得する形で説明するのです。ちょっと難しいですね。 魚に直接「今、何を考えてそんなことしたの?」 と聞くことができれば、私も楽なんですけどね(笑)。

「魚のこころ」は手に取って見ることはできません。しかし、魚の脳ならば実際に 観察することができます。正確にデータに表し、説明することができます。 そうはいっても、時には想像を働かせることも大切です。魚を擬人化して考える ことは、科学的ではないかもしれません。しかし、興味や発想のとっかかりにはなります。 擬人化を通して、魚の理解に近づくことができます。私たちはどうあがいてもヒトなので、 本当の意味で魚を理解すること、魚であることを実感することはできません。それでも、擬人化は、 まずは自分に引き寄せて考えてみるために有効です。私は、親しみを込めて、 毎日のように魚に話しかけていますよ。「お前、何を考えているんだ?」や「おいおい、だめじゃないか。 そんなことしちゃ」や「今日は実験を成功させるぞ!頼むぞ!」というふうに(笑)。ただし、 計測や観察の際には、そうした私情は絶対に入らないようにしています。 データと魚への愛情はしっかり 切り離して、研究を進めていくことが大切です。なんといっても、生物学的な説明には客観性が必要ですからね。

100年計画の研究

他大学や企業などとも協力して、研究を進めることもあります。ちょうど一段落ついたのが、 名古屋大学との共同研究です。私はメダカやゼブラフィッシュの行動解析を担当しました。 5年もかかったんですよ。他にもいろいろなオファーがあります。それぞれの専門分野を通して、 新しい発見につながれば嬉しいですね。 私たちの研究は、100年がかりの大仕事だと思っています。100年後には、 魚の喜怒哀楽のできる仕組みが、ある程度説明できているはずです。そして、 その一部については、人間の理解に役立っているのではないでしょうか。

装置は手作り。研究は大変……でも面白い!

実験装置は基本手作り!

正確なデータを得るためには、その実験にふさわしい装置を用意しなければなりません。 それらは基本、手作りです。アクリル板を切ったり、組み立てたり。データを記録するための プロ グラムを組んだりもします。生物学の ように泥臭い研究をするのであれば、 まずは工作ができないと。プログラムについては、プロに頼んだほうが かっこよく仕上がるのですが、魚の細かい性質や行動パターンを伝えるのが難しいので、 やはり自分たちでやらなければなりません。 上の写真は、『魚だって考える』にも登場した、ゼブラフィッシュの闘争行動(ケンカ) を記録するシステム。1900円の中古のキーボードをプログラムにつないだものです。 ゼブラフィッシュは2匹になるとケンカを始めます。そして勝ったほうが 水槽を広々と泳ぎ回り、負けたほうは隅に追いやられます。面白いでしょう?

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これから取りかかろうとしている、メダカの実験装置です。ボウルを白く塗 ぬって、 下から小型のプロジェクターを当てて模様を写し出しています。ここにメダカを入れても、 たいていは、うろうろするばかりです。しかし、ある種の薬物を少しだけ与えると、 「言いなりになろうかな」という感じで一定方向に泳ぎだすんですね。「魚の自我の境目」を探す研究です。

魚を釣ってくる、育てる

実験に使う魚も、自分たちで釣ってきます。解剖したり、標本にしたりするだけならいいのですが、 私たちは彼らの「行動」を観察しなければなりません。つまり、飼育して、繁殖させる必要があります。 そういった意味では、キンギョは大変優秀な魚です。もともと人間がつくり出した種類なので、 人工の飼育環境によく慣れているからです。慣れた環境の中では、それぞれの性質をよく発揮してくれます。 魚の「恐怖」を調べる実験ではキンギョを用いました。これが、キンギョとほとんど同じ脳を持つフナを 釣ってきた場合、実験の準備段階でもう成り立ちません。「もうだめだ」と諦めて、「こころ」 をシャットダウンしてしまいます。 魚は、種類によって性質や行動が異なります。それらをよく観察し、見極めることが大切です。 それが実験の第一歩なのです。ですから、就職活動などで時間が取れない場合はともかく、飼育を したいという学生には進んで任せるようにしています。研究室には、実験用の魚に混じって学生のペット もいるんですけどね(笑)。

いろいろな生き物を飼っていた子供時代

気付いたら生き物だらけ

私は、茨城県の東海村という所で生まれ育ちました。自然が豊かで、家の裏には雑木林が、 横手には松林が広がっているという環境でしたね。家にはイヌもネコもいましたし、小鳥も飼っていました。 そんな場所で育ったからか、幼い頃 から生き物が大好きでした。物心がついた時には、部屋のベランダが飼育ケースだらけでしたよ。 私自身は覚えていないのですが、昆虫図鑑を丸暗記するほどの熱中ぶりだったそうです。図鑑の内容、 今も覚えていれば便利だったんですけれど(笑)。虫に限らず、生き物であれば何でも獲っていました。 イチゴパックや海苔の容器に適当に入れておくこともありましたが、母も生き物が好きだったので、 「こういう生き物を飼いたいから、こんな飼育ケースが欲しい」と言えば、たいていは用意してくれました。 それは今でも感謝しています。 しかし、幼い子どもにとって飼育は難しく、だいたいが失敗しました。喜んで獲ってくるまではいいのですが、 容器に入れたまま忘れてしまったり、いつの間にか逃げ出していなくなってしまったり。 「これは 飼えないな」と思って、もといた場所に放したこともあります。それでも、めげたり、 いやになったりしなかったのは、単純に生き物への好奇心が強かったからなのでしょうね。 身近にいる生き物は、ほとんど飼おうとしたと思いますよ。ゴミに集まる虫を捕まえるために、 トラップを仕掛けたこともあります。

海水魚を淡水に慣らす実験

小・中学生時代は、実はあまり勉強した記憶がありません。中学時代は、どちらかというとスポーツに熱心でした。 釣りにはよく行きましたよ。母に海まで連れて行ってもらうのですが、「夕方になったら迎えに来るからね」と言われ、 放置されるのがいつものパターンでした。 釣った魚は食卓に上ることが多かったですが、中には飼育に挑戦したものもありました。 これは、小学校時代か中学校時代か定かではないのですが、海で釣ってきた魚を、徐々に淡水に慣らしていく 実験をしたことを覚えています。「少しずつ海水の濃度を薄めていけば、最終的に淡水でも飼えるんじゃないか」 と思ったんです。当時は人工海水などは入手しづらくて、海で汲んできて水を入れ替えないといけませんでしたから、 面倒臭かったんですね。淡水で飼えたら楽だろうなと考え、それで実験を思いついたんです。 この実験の結末は、実は覚えていません。死んだのかもしれませんが、それが海水の濃度を薄めたせいか、 他の飼育環境のせいだったか、わからずじまいです。あれは結局、どうなったのでしょうね?

生物学一本で大学受験

「こころ」に興味を持ったのは高校生の時です。国語や社会科、倫理の授業が楽しくて、 特に思想・哲学について考えることが好きでした。当時は「人間の根本を理解するんだ」と 豪語していたほどでしたから。 また、もともと「生物学から人間を、生き物を理解したい」と考えていたので、 化学や物理学は授業を選択しませんでした。そうすると、困ったことに、受験できる大学が限られてきますよね。 そのことは、あまり考えていなかったんですね。いざ受験生になって「あれ、受験できる学校が少ないな」と 気付きました(笑)。 鹿児島大学を選んだのは、とにかく南に行きたかったからです(笑)。茨城の寒さが苦手で、 冬は毎年霜焼けに苦しめられていましたから。鹿児島大学には神経生理学の先生がおられたので、 そこも大事なポイントでした。大学選択は、偏差値レベルでは 一切考えず、やりたいこと一本で決めました。 とても幸せな選択だったと思っています。それから、わりと早い段階から研究者になろうとも考えていました。 子どもの頃から「スーツを着て毎日決まった時間に出勤するサラリーマンにはなれそうもないなあ」と 思っていたことも理由の一つです。

「ぶらぶら、ぼんやり」も大事

実は、私は携帯電話を持っていません。待ち合わせ場所に相手が現れなかったら「来ないな。仕方ないな」 と思うだけです。 家でも、ごくたまに家族にパソコンを借りるくらいです。その代わり何をしているかというと、 一日のほとんどを研究について考えています。夢の中でだって実験をしているくらいです。 今の中・高校生は、学校に部活動に塾にと忙しすぎます。忙しいのにインターネットの情報を浴び続けている。 相当なストレスです。私は、ネット環境は心的資源の消耗につながると考えています。過剰な情報は心をすり減らします。 だからこそ、ぜひ意識的に暇な時間をつくっていただきたい。ネット環境から離れ、「ぶらぶら、ぼんやり」 できる時間を確保してください。暇な時間には、絶対に何かを考えているはずです。考えることで、周囲の物事に関心が 持て、新しい発想につなげることができます。 ぶらぶら、ぼんやり。略して「BBB活動」。 いいですね! 保護者の 皆さんも、頭ごなしに「携帯ばかり見ないの!」と叱るのではなく、ぜひお子さんと一緒にBBB活動に 励んでみてください。